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―――――――旅の始まりは、いつだって困難に満ちている。






     D:∀
         #1.『PRELUDE』








 空を覆う雷雲は、未だ晴れる余地すら見せそうに無い。
その逆様にした黒い岩肌を切り裂いて彷徨う蒼白い光柱だけが、いつもと変わらず縦横無尽に大地を抉り進んでいる。何てことの無い、すぐに見飽きてしまうであろう光景だけが、これから始まるであろう“救い”の予兆を見せるわけでもなく、延々と展開し続けていた。

 此処、始まりの街の“長”とも呼ぶべき鬼面の魔人、バロモンはいつもの様に自身のために設けられた石造りの玉座にその重い腰を預け、部下の報告を今か今かと一日千秋たる趣で待ち焦がれていた。無意識の内に地面を叩く靴底のリズミカルな音は、既に数えるのが億劫になる程の回数へと達している。者どもを纏め上げなければならぬ長としての厳格さに欠ける、悪い癖と言えた。元々が落ち着きの無い性分であったがために、どうしてもジッとしている、ということだけには未来永劫慣れそうにも無い。その考えには善処する、という努力の念よりも。諦めよう、という失意の成分の方が、些か多く含まれていた。

 十数分が経過した頃、早足で玉座へと向かってくる部下の姿を確認し、漸くその足音が消え失せる。視線を移した先には、この街の副長……バロモンの最も信頼の置ける補佐であると同時に、街の防衛隊の指揮官でもある鳥人・シルフィーモンと、最近働き始めたその付き添いである鳥型・デラモンの姿があった。


「バロモン様、召喚≠フ儀式が全て終了しました」

「……ご苦労だったな。して、如何ほど集まったか」

「ハッ、人間の子供、その付き添いのデジモン……其々が十一……合わせ、二十二の数に御座います」

「……よし。では、儂自らが出向くとしよう。魔術師達を休ませい、報酬はその後渡すのだ」

「畏まりました……デラモン、君は彼らのための食事を用意してくれ。僕は彼らを休憩室へ案内する」

「了解でアルぅ、任せるアルよぅ」


 目的の場所へ向かうためにそれぞれ別々の通路へと掛けていく部下を尻目に、思わず駆け出してしまいそうになる昂揚感を抑えながら、それでも足早に予めセッティングを施しておいた大広間へと足を運んでいく。本来ならば部下に任せても良い仕事ではあったのだが、今宵相対する者達が自身らにとって……否、世界にとって必要不可欠且つ最後の希望≠ナあることを考えれば、この街を治める者として、出向かないわけには行かなかった。


―――――――とりあえず、第一段階は終わったか……。


 直前の部下の報告を思い浮かべながら、バロモンは思慮する。
異次元の彼方よりこの世のものでは無いモノを召喚する……即ち時空転移と召喚魔法を組み合わせることで発現する究極の魔術。術者に多大な負荷を齎してこそ成るその奥義は、成功するという保障が全く無いという極めて危険な賭けの下で、しかも複数の魔術師達によって行われる形となった。

 失敗する要因となるものは複数挙げられるが、ここでは一先ず“呼び出したモノを適正化することに失敗するかもしれない”という、その一点に限らせておく。
これは即ち、肉体の情報化が成功するかどうか、という問題点。この世界、つまりデジタルワールドでは有機物であろうと無機物であろうと固体であろうと液体であろうと気体であろうと電離体であろうと霊体であろうと何であろうと、全てデータで構成された一つの“情報”として存在する。デジモンと一緒に今回呼び出したもの―――――人間。その人間達が暮らすリアルワールドでは、そのロジックが存在しないのだ。そうであるとすれば、此方の世界へと人間を呼び出す際、肉体情報を読み出してデータとして出力、さらに其処からこの世界に適するようそのデータをエンコードするという作業が、二つの世界の境界線にて行われることとなる。これこそが至難なのであった。

 先日より呼び出した、街で選りすぐりの実力を誇る魔術師の面々は十五の数。そして、その者達の行使した魔術によって呼び出され、最大の難関を突破してこの世界へとやって来たのが、十一人の子供達と、十一匹のデジモンだと言う。もしも一人として呼び出せなかったら……、と言う不安要素に縛り付けられていたバロモンにとって、その数字は喜ばしいものとして認識することが出来た。――――――――最も、それが目的を成すために必要な数値に達するかどうかは、全くとして保障することが出来ないのだが。


 ……先日入ったばかりの、別空間に存在していた名高き王国の世界についての報告を思い出す。滅多なことで表情を変えることの無いシルフィーモンがその顔面を蒼白に染めながら長に伝えたその内容は、確かに絶望すら抱くものがあった。数世紀程に渡って語り継がれる、無数の騎士と王国としての誇りにより手堅く護られ続けてきた、人間とデジモンの共存する数少ないエリアの一つ。代々に渡って心優しき国王の治めてきたその長い歴史を持つ国が、しかし先日たった十数体からなる敵の襲撃により、半日足らずで崩落したのだ。本来ならば多くの犠牲者が出たことを何よりも先に悲しむべきなのだが、今回ばかりは最も先に、その敵の集団について思考しなければならない。

 その正体は、数ヶ月前より各エリアに対して侵攻を開始した謎の組織からの刺客だ。闇より深い漆黒に染められた逆十字―――――――――神に対する反逆を意味するシンボルを掲げる、目的どころかその規模や戦力さえも未だに不明だが、しかし恐らくはその一角だけでも大国一つ分に匹敵するであろう力を秘めた武力組織。各地への侵攻、という点だけを汲み取れば、他にも似たような組織は幾つか存在していた。……だが、そんな彼らを纏めて一つにしたとしても、逆十字の組織の戦力の前には足元にも及ばないであろう。それほどの、恐らくは今後の歴史に名を刻まれるであろう殺戮の軍団。


「……彼らを、止めることが出来れば良いのだが……」


 束の間の喜びも、しかし敵の力を再認識すれば、呆気無く霧散していた。
喚び出した者達を待ち受けるのは……恐らくは、過酷な闘いの日々であろう。
無関係な者達をそんなものに巻き込むことに、老鬼は心の片隅で決して小さくはない罪悪感を抱いた。








「……フヒヒ……ところがどっこい、そうは問屋が卸してくれんのでアルよ耄碌ジジイ」


 食料庫へ繋がる通路を、しかし途中で曲がって全く見当違いの方向へと進みながら、デラモンは嗤うかのように呟いた。頭上には金色の冠、胸元には紅いリボン、そして背には青々と茂った樹木を背負うそのふざけた格好に、しかし瞳には気味の悪い嘲笑を含めながら。恐らくはバロモンの向かっているであろう方向の壁面に、デラモンは侮蔑の視線を浴びせた。

 …………何が、始まりの街の長だ。
 その斃すべき組織からの刺客――――――つまりは自分のことを何ら疑うことも無く受け入れるような間抜けが何故このような街を仕切れるのか、不思議でならなかった。……もしも自身の演技が巧すぎるだけだったら、と思えば、それもそれで悪い気は全くしなかったが。


「さーってと……あのトッポいボスに報告してとっととズラかるアル」


 樹木の中に手のように発達した翼を突っ込みながら、数秒して通信機を取り出す。正直最初は邪魔だとばかり思っていたこの背負い物も、しかし物を隠しておくには丁度良い隠れ蓑として役立っていた。そして、手に取った通信機のチャンネルを調整し、スピーカーを耳元に当てる。報告内容はただ一つ、『ボス、貴方ノ出番ガヤッテ参リマシタヨ』というものだけ。それだけで、彼ら……喚ばれた者達の災難が始まる。


「まぁ、せーぜー死なねぇ様に頑張るアル」


 彼の翼、その裏側。
普段は隠れて見えもしない其処には、しかし漆黒の逆十字がしっかりと刻まれていた。











 襲い掛かってくるまどろみを、何とか振り切り。眼を醒ませば、見たことも無い光景が眼前に広がっていた。軽く混乱する思考を脳裏の無意識下に追いやり、気だるげにゆっくりと上半身を起こす。臀部を包み込む感覚から、自身が寝ていたのはふかふかとしたベッドであると判断する。


「あ、れ……あたし……」


 ――――――ここは、何処だ?

 少し前の記憶が、さっぱり無い。真っ先に浮かび上がる、そんな疑問。周囲を見渡せば、其処が石造りの個室であるということが理解る。その中にぽつりと置かれた、病院等で見かける簡素なベッド。病室にしては違和感が隠し切れず、木賃宿の一室にしてはやけに殺風景過ぎる。かと言って、霊安室なんてことも無いとは思うのだが。試しに頬を抓ってみれば確かに激痛を感じたし、胸元にはしっかりとハリセンが収められている。天国だろうと地獄だろうと、流石にこんなものは持っては行けまい。


「……はっ、え、っと……?ヴァル!?ねぇ、居ないの、ヴァル!?」

「……気付いたかい?」


 ここ暫くを共に過ごした、事実上の相棒の姿が脳裏を過ぎる。慌てて声に出して呼んでみれば。しかし、期待を見事に裏切り、突如として背後より聴こえる低い声。慌てて振り返ってみれば、其処には少年―――――恐らくは自身と同い年ぐらいなのであろう者が、ジィ、と佇んでいた。互いの視線が、互いの眸を捉える。


「……ここ、何処よ」

「さあね。出来れば、僕が聞きたいぐらいだよ」


 ブレザー姿(近隣の高校一帯では見たことの無い種類だ)に、まるで氷のように冷め切った表情。どうにも、易々と話し合えるようなタイプでは無いのだが。未だ軽い錯乱状態に陥っている今の自身には、そのようなことはどうでも良かった。見下ろせばベッドの下には、履き慣らしている靴が丁寧にも揃え置かれてある。確認するまでも無くいつものように履きその慣れ切った感覚を味わいながら、背伸びと同時に大きく息を吸う。


「んで」


 頭を軽く振り、頬を手でぺしぺしと叩いてから、改めて振り向く。
未だに状況を把握できないという点から様々な疑問が脳裏を飛び交っているが、先の少年の言葉を訊く限り今現在では満足の行く解答を得られそうにない。よって、それらを全て片隅に寄せておく。
少年は、相も変わらずの無表情。感情が欠けているのか、とさえ思う。とりあえず、訊いておこうと思ったことは――――――――


「あんた、誰」

「……随分と、唐突に出たものだね。……僕は、高見恭司(たかみ きょうじ)――――――君は?」

「ん?瑞樹由井(みずき ゆい)」

「そう、か。それで、だね、瑞樹さん」


 不自然にそっぽを向きながら、恭司と名乗った少年は。
しかしまるで少しも気にしていないかのような口調で、はっきりと告げた。


「―――――服装の乱れは、直しておいたほうがいいと思うんだけど。どうだろう」

「なっ……」


 言われ、慌てて自分の姿を視認する。寝相が原因か、酷い有様だった。
ブレザーのボタンは全開、シャツの裾は右前方が完全に露出、腹部が丸出しだ。窮め付けに、何処に如何引っ掛かればそうなるのか、スカート前方の端が、思い切り上に釣りあがり――――――それが意味するものと恭司の背けた視線の意味ものとを同時に理解した瞬間、自身の姿のことなどすっかり忘却の彼方に投げ飛ばし、全身の筋肉は神速の領域ですでに爆ぜていた。


「こンのォ……スケベ馬鹿ッッッ!!!」


 たっぷりと発育を受けた胸が大きく揺れることも、構うことは無く。大振りの一撃として繰り出されたハリセンは、恭司の体を軽く吹き飛ばす程度の威力は秘めていた。驚愕したのか、先程よりも僅かながらに目を見開く少年。その表情を保ったまま、元気良く石造りの壁面にその身体をめり込ませる。
その眠気を一撃の下に掻き消す破裂音は、非常に心地が良かった。





「ヴァル、って言ったっけ。彼から、頼まれてね」

「えっ、あいつ、大丈夫なの?」

「“広間”で、他の人達と話し合っているみたいだけど」


 自身の見守りはヴァルが来てくれればよかったのに、と一瞬だけ考えたが。よくよく考えれば、先程の部屋に、あの巨躯が入りきるかどうか。それを考えれば、彼が恭司に見守ることを頼んだという理由も納得がいった。
少年曰く、この場所――――――――何れも、全く見覚えの無い場所に来てしまったのは自身らだけではないという。彼の説明する広間にその全員が集められているとのことだが、ヴァルは其処で他の人間達に話を掛けているらしい。何かあったら、とも思ったが。それはどうやら、過剰な心配に過ぎなかったようだ。先程の出来事に未だ顔を赤らめながら、由井は右頬を打撃跡で真っ赤に腫らした恭司と一緒に広間へと向かう。不揃いの石をそれでもなるべく平らになるよう敷き詰められたのであろうでこぼこの廊下は、しかし足音が空間内を透き通る様に長く響き渡る。恐らく、まだまだ歩く必要があるということなのであろう。

 先程から、まるで冷凍保存でもされているかのように全く感情を見せない恭司の貌を、横目で盗み見る。
 一緒に歩いている筈の彼が、何故だかは分からないが、何処か別の世界の人間に見えてしまう。別に人間として、何ら変わったところは見受けられない。しかし、自身と彼との間には、埋め合わすことが決して叶わない何か決定的な違和感≠ェあるように思えて、ならなかった。その微妙で、しかし確実に致命的な差異は。一体、何処から来ているものなのか……


「……何か、言いたそうだね」

「へっ……?あ、いや……別に」


 視線も合わせないまま、淡々と恭司が呟く。
何時の間にか、見入ってしまっていたようだ。思ったよりも威力の大きさを隠す事無く誇示する頬の腫れにほんの僅かな気まずさを感じながら、由井は慌ててそっぽを向く。……思考を冷まして今更ながらに考えてみれば、ただ指摘してくれただけなのに、あんな理不尽な一撃を加えてしまったワケだ。紙で出来た織物と、平凡な人間が作り出す運動エネルギー。しかし、彼女の場合だけは何故か物理的な法則を無視した異常な力量を叩き出す。見られたものと、加えた制裁。損害と加害が全く等式にならない構成故に、罪悪感を抱かずには居られなかった。――――――後でちゃんと謝ろう。
気を取り直し、先程までの疑問に思考を移す。


(馬鹿じゃないの、あたし)


 しかし、幾ら思考を巡らせても答えが出るはずも無い。少なからずとも、状況がまだ殆ど把握出来て居ない現在の彼女の思考回路で、この差異の根源を見抜き、説明することは叶わない。もう少しだけ、この妙な胸のひっかかりを味わっておかなければならないようだ。
気のせい、かな。
後ですっきりとした理由を見つけ出せることを密かに期待しながら、由井はそう思っておくことにした。



 そうして、大凡数分程度を歩き続け。
辿り着いた先は、小学校のグラウンド程度はあろう大広間であった。









 その空間で最初に感じたものといえば、先程よりも更に大きな違和感。実際にどういった状況なのかと問われれば、単純に歳も服装もまるで統一感の無い十数名程の子供達と、同じように種族・属性・世代の何もかもがバラバラなデジモン達が、丸太を切り出して作られたテーブルや椅子に腰掛けたりして待機しているだけのようなのだが。その、ごった煮にしたような構成がこの違和感を生み出しているのであろうか?……恭司に感じた違和感×人数分という答案も出ては来たが、それはそれで何だか怖気が走る気がしたので全力で思考の外へと追放しておく。


「……由井!」

「えっ、あ……あ、ヴァル!」


 考え込んでいると、聞き覚えのある、お目当ての相棒――――――――ムゲンドラモン種のヴァルの声が聞こえてきた。慌てて反応し、其方を振り返れば……案の定、その中の幾人かと話しこんでいる最中であったらしい。機動性を糧にした超高度のクロンデジゾイド合金で固められた銀色の巨体は、やはり集まっている連中の中でも最も巨大であるが故、一目で判別が出来た。彼の相対する先には、背の高い長髪の……モデルと見紛う程に流麗なスタイルの少女と外套を纏った、恐らくは由井と同い年程度の優しげな少年、そして恭司を含めた彼らのパートナーであろうデジモン三体……竜人型・エクスブイモンに似ていて、しかし本来のそれよりも強靭なスタイルを持つデジモンと、金色の毛並みが美しい獣人型・レナモン、そして意地悪く、しかし何処か無邪気な笑みを浮かべるピコデビモンが居た。


「よう、遅かったじゃねーかキョージっ!ん、そのねーちゃんがそーなのか?」

「……うん、その通りだよ、ピコデビモン」


 その口振りからして、恐らくは恭司のパートナーなのであろうピコデビモンがぱたぱたと小さな翼を羽撃かせながら恭司の肩に着地し、軽快な笑みを浮かべつつ由井に視線を向ける。ヴァルがどうやって恭司と話せたのかが少し疑問に感じられたが、成程。この人懐っこそうな小悪魔が彼と一緒に居たとするならば、とりあえずは合点がいく。


「瑞月由井よ、宜しくね。ああ、そこのムゲンドラモンはあたしの付き添いのヴァルよ」

「まぁ、そういうことだ」

「……由井さん、か。俺達も、自己紹介した方がいいかな?
――――――俺は、神野(かみの) ココロ。こいつは、パートナーのエクスブイモンネクスト」

「ああ、宜しく頼む」

「えっ、えっと……城戸 遥(きど はるか)、です……!こっちは、パートナーのレナモン……」

「…………」


 一先ず自己紹介だけ済ませると、釣られて少年少女達も同じように返してくる。両名ともパートナーが若干冷めているようだが、本人達はどちらも人が良さそうだ。恭司と共に丸太を垂直に切り落としただけの簡易な椅子に適当に腰掛けながら、彼らと改めて向き合う。やはり何処か違和感があったが、普通に会話をする分には特に問題無いようだ。先程からしているように、全力で無視しておく。


「……ねぇ、何でこんなところに居るのか。説明できる人居る?」

「いっ、いえ……!わっ、私も、目を覚ましたら……此処に居て」

「というか、まぁ……眼を覚ます前の記憶も曖昧なんだ」


 由井の質問に対し、両者とも申し訳無さそうに他所を見つめながら謝罪する。念のために恭司にも視線を向けるが、頷くだけでそれ以外は何の反応も見せない。先程ぼやいていた通りなのであろう。どうやら、此処に集まった連中はどうしてこんなところに自分達が居るのか、全く把握出来ていないらしい。

 ぼんやりと仮説を色々立ててみながら、周囲の者達を軽く眺めてみる。本当に、何の共通点もない子供達ばかりが無造作に集まっているようだ。
周囲を見渡して状況を把握しようとする者やその現状が全く理解らずに苛々しているのであろう者、暇そうに欠伸を掻く者も居ればパートナーとじゃれあっているのであろう者も居る。
そして中でもふと目に留まったものは、広間の片隅の椅子に塞ぎこむかのように座っている少女だった。腕組みしながらその中に顔を埋めているためその顔立ちは把握できないが、周囲に人を寄せ付けない、何処か昏い雰囲気を発している。興味こそ沸くが、あまり近付きたいと思う部類の人間では無さそうだ。





「んー……何なのかしらね、一体」





「――――――――そのことについては私から説明させて頂こう」



 由井がぼんやりと呟いた矢先、しゃがれた、しかし良く響く声が突如として空間内に大きく木魂した。その発生源、広間の入り口にほぼ全員分の視線が集まる。複数の護衛らしきケンタウルス型デジモン・サジタリモンを周囲に配置しながら。色褪せた赤の外套を羽織る老鬼、バロモンが静かに大広間の前方に設置された簡素な演壇へと歩み寄った。この雑然とした状況下について言及出来る者が突然登場したことにより、全員の視線が自然とそちらへと向く。その中には困惑を孕んだものや好奇心を含んだもの、更には明らかな苛立ちと怒りが綯い交ぜになったもの等……子供達一人一人によって、抱く感情は全く違っていた。
無論、彼もまた予めそれを承知しているのであろう。予想以上にプレッシャーが強かったためか、恐らくは落ち着くためであろう一度だけ大きく深呼吸をし、声量をやや大きめに調節しながら彼らに対して言葉を紡ぎ始めた。


「私はこの、『始まりの街』の長を務めるバロモンだ……唐突に、君達をこのようなことに巻き込んでしまい、申し訳無い。君達を此処へ喚び出したのは、我々なのだ」

「……どういうことだ?」


 深々と子供達に対して頭を下げるバロモンに対し、その中の一人……背中にスケートボードを背負った少年が静かに問う。そんな質問もやはり予測の範疇に入れてあったのであろう、ゆっくりと頭を上げながら、バロモンがコホン、と咳を払ってから、更に声量を大きくしながら、子供達へと告げる。


「……結論から言わせて貰おう。――――――――君達の力が、必要なのだ」


 バロモンの、そんな言葉に。
殆どの子供とパートナーデジモン達が、頭上に疑問符を浮かべていた。












「……デラモンからの連絡……。遂に集まったようだな」

「俺達を倒すための……対抗勢力、か」


 昏い声は、果てない闇の中から聞こえるようだった。薄暗い空間の中、少年と少女は互いの顔も見えぬままに呟く。始まりの街の長……バロモンが、彼らの対抗勢力として別次元の子供達を呼び寄せようと計画していると言う事は先日、彼らの親玉から直に聞かされていた。しかし、こうも早くその計画を実行に移す、となると。彼らの予測している以上に、彼らの存在は世界の驚異として扱われているらしい。

 その親玉は、恐らく。デラモンの報告を受けて、嬉々として準備をしている頃であろう。敵対勢力が集まったところに、自らが直接出向いて軽く遊んでやる、と言っていた。殺すことは無いにしろ、自身が楽しめるために彼らに対して何かを仕出かすことは、眼に見えている。それが何なのかまでは、予測出来なかったが。


『此方、シュトゥルム隊のプテラノモン1番機。全機、ASMの搭載が完了した』

「其方に我らの親分様が向かっているハズだ。発進はそいつの指示に従え」

『了解した……暇そうだな。あんたも出向いてみるか、参謀官?口添えぐらいならしてやるが』

「別にいい……。まぁ、好きに暴れてくるがいいさ」


 その親玉に同伴するらしい、組織の要とも言える攻撃部隊の隊長との通信を切りながら。少女は、気だるげに少年に身体を寄せた。そして少年もまた、少女を強く抱き寄せながら、頭上に広がる暗黒を見上げて、そっと呟く。


「いよいよ……始まるんだな……」





「流石だよ我らが精鋭達。遅刻もせずに、全く偉いものだなァ」

「……フン、俺達が出向く必要があるのか?お前一人で十分だろうが」

「俺が見たいのは奴らの力量さ。……引っ掻き回してくれよ、兄弟?」

「フン、どうだかな」


 改造体である証拠、深緑の塗装が施されたプテラノモン四体の内の一体。最も前方を飛行する隊長格は、前方に佇んだ異形の姿に対して皮肉めいた笑みを浮かべながら、ゆっくりと体内に搭載されたジェットエンジンを起動させる。その間、彼の笑みを受け止める異形――――――二対の腕と背後にキャノン砲を背負った親玉は、ゆっくりとその腕を前方へと向けた。その瞬間、四方の掌から激しい紫電が発せられ、その腕に包まれるかのように、何も存在し得なかった空間に突如として、虚空が生まれる。次第に肥大化するそれは瞬く間にその異形を越すほどの大きさになり、数刻と掛からないうちに数メートルほどの巨大な蟲喰いのような穴が、空中に作られる。


「……では行くぞ兄弟達。――――――我らはこれより、奴らに対して牽制攻撃を仕掛ける」


 親玉の言葉と同時、彼を筆頭にプテラノモン達も共にその穴の中へと突入していく。
穴を抜けたその先に広がる光景を間の辺りにするよりも早く、プテラノモン達の翼部に懸架されたミサイルの安全装置が解除されていた。










「……つまり、全員別々の世界に居たってこと?」

「そうなる。……並行世界と喩えれば、理解りやすいか」


 バロモンの説明を聞き終えて、一先ず由井は語られたことを一つ一つパーツ化させて整理をし始める。信じがたいような話ではあったが、しかし違和感を払拭するには十分な理由が含まれていたため、とりあえずはバロモンの言うことを素直に聞き入れて置くべきなのだと判断した。

 今、バロモン達の世界にはとてつもない力を持った悪の集団が存在し、それを打ち倒して世界に平和を齎すために……各々の世界から子供達を複数呼び寄せた、と。簡単に纏めてしまえば、そんなところだ。つまりが、別々の漫画のキャラクター達がとある悪者をやっつけるために一箇所に集められたとか、そういったイメージ。由井が恭司とであったときから激しく感じていた違和感の根源とは、その住んでいる世界が違う、という決定的な差異に存在している。先の例を拡張して喩えれば、とある漫画家のキャラクターの隣に全く別の漫画家のキャラクターを置かれたかのようなもの、なのであろう。何処かくすぐったく、しかし不思議と嫌ではない空気を味わっているようだった。


「我々の世界には、最早彼らに太刀打ちできる者達はおらんのだ……。
厳しい戦いに君達を巻き込んでしまうことは、幾らでも詫びよう。だが、我々を……この世界を、どうしても救って欲しいのだ!頼む、このとおりだ!」


 何の躊躇いも見せずに潔く土下座をするバロモン達を前にして、子供達は互いの見知らぬ顔を見合っていた。例外も多少は居るようだが、そのメンバー達の殆どが、了承と認識して何ら問題無い笑みを浮かべている。どうやら、前向きで優しい子供達が揃っているようだ。見知らぬ世界の仲間達と協力し、世界の敵を全員の力で倒す。そんな響きに心躍らされる子供達は、やはり決して少なくは無いのであろう。それが正義感から来るものか、単なる面白半分によるものなのかまでは理解らなかったが。

 由井が、ココロと遥、恭司の方へと振り向く。恭司に至っては眼を瞑るのみであったが、他二名は快く頷いた。未だ話を掛けていない子供達数人も、その二人に続いて頷く。その時になって初めて、由井はこのごった煮の空気の中に纏まりが生まれたかのように感じられた。

 最後にヴァルの顔を見やる。考えることは、殆ど一緒だったらしい。視線が交錯したところでほぼ同時に頷き、そして未だに頭を下げ続けているバロモンに再度向き合う。


「……いいわ。その頼み、引き受けてあげる」

「! 本当か!」

 
 驚きの声と共に、バロモンが勢い良く顔を上げる。お世辞にも美しいとは言えないその個性的な顔に、精一杯の輝きを灯しながら、今すぐにでも感涙しそうな程に嬉々とした表情を浮かべながら由井を見つめる。そんなバロモンに対し、由井は満面の笑みを浮かべて返した。


「ええ、楽しそうだしね」

「そ、そうか!ならば、そのための準備を今すぐに――――――――」







「――――――――断ります」



 バロモンの言葉を遮って、そんな声が響き渡った。


冷たく、鋭く、何処までも昏く。まるで統一感の無いこの集められた面々を、それでも和やかになりつつあった空気を唐突に切り裂いたその声は。その場を一瞬で凍り付かせるだけの、絶対零度の威力が秘められていた。未来を託そうとした者は驚愕のあまり目を見張り、未来を託された者達は一斉に声の主に様々な感情を抱きつつも視線を向ける。十数もの視線を一斉に受けながら、しかし声の主―――――――先程まで誰とも言葉を交わすことなく、相棒なのであろう黒いアグモンと共に隅に座り込んでいた少女は、誰に聞かせるでも無く。まるで切刻むかの様に、更なる言葉を紡いだ。


「こちらにも事情というものがあります。申し訳ありませんが……協力だなんて、真っ平御免です。私だけでもいいので元の世界に帰して、他の方々を当たってください」

「いっ、いや……しかし、より多くの協力が必要なのだ!この世界を、魔の手から救うには……」

「別にあなた方の世界がどうなろうが……知ったことではありません。此方はそれどころではありませんので」


 あくまでも冷酷に、しかし先程よりも苛立ちと殺気を孕んだその少女の突き放す言葉に、思わず絶句する老鬼。中には無関心なものや同情、好奇の彩を含んだ視線も混ざっていたようだが。自身の他に、数名ほどが少女の冷たい言動に戸惑いの表情を浮かべていた。先程由井と言葉を交し合った遥やココロもその対象だ。何に包まれることも無く突きつけられる少女の黒い感情に気圧されていたバロモンだが、しかしそれでも何とかして彼女の気持ちを傾かせるため、雲を掴むような思いで少女へ必死に食い下がる。


「此方の身勝手で君を面倒な事に巻き込んでしまったことは幾らでも詫びる……しかし、このままでは罪無き者達が一方的に虐殺され続けて行くだけなのだ!そんな行為等、決して赦されてはならぬことだ……頼む、どうか―――――――――――」

「どうしても帰して下さらないのですね。なら、その詫びの印として今此処で死んでください」

「!!」


 バロモンの言葉を遮り、少女がスッ、と背後に目配せする。其処に佇んでいたアグモンが、静かに頷きながら前へと進み出た。鋭く研ぎ澄まされた爪が鈍く光りながら、驚愕に駆られたのであろうたじろぐバロモンの姿を映し出す。今までその様子を面白げに見つめていた者達の内の数割が何ら躊躇うことなく刃を向ける少女達に思わず息を呑み、戸惑いを浮かべていた者達の幾人かが明らかな動揺を見せた。

――――――――――間違いない。この少女は、本気で彼を殺すつもりだ。


「ッ!由井!!」


 ヴァルの焦った声が耳に届いた頃には、由井は既にバロモンを庇う形で少女と対峙していた。突然の介入者に多少の驚きは見せたようだが、しかしその殺意を霧散させることも無く。鋭利な刃の様に鋭い双眸が、ただ真っ直ぐに由井を射抜く。気持ちが悪かった。……何故、こんなにも幼い少女が、こんなにも昏い表情を浮かべることが出来るのか……。圧倒こそされないものの、何も考えずにこの少女と対峙したことを少しだけ悔やむ。恭司と出会ってからの違和感が、しかしこの少女を前にして途端に激しいものとなる。


「……邪魔をするつもりですか」

「早まるんじゃないわよ!あんたがその敵≠ニ同じになってどうするのよ!?」

「…………別に」

「それに……そんなすぐに帰るための手筈は整えられないんじゃないかしら?どうなの、バロモン」

「あ……、ああ。大掛かりな儀式だ、魔術師達の回復も考慮すれば、急いでも半月は掛かる……」

「……だそうよ」

「……ッ!!」

「……ふふん。世界を救う、だなんてすごく面白そうじゃない。あんたもそう苛々してないで、少しは楽しんでみればいいんじゃないの?」


 ギリギリ、ギリ……。少女の噛み締めた歯の軋む音を、聴覚が僅かながら捉える。表面上は余裕を纏い、しかしその内面では必死に言葉を吐きながら……由井は、バロモンと自身の言葉でより一層表情の歪んだ先程までは掴み辛かった少女の容姿をじっ、と観察する。
 恐らくは大和撫子という言葉で喩えるべきであろう、絹のように滑らかな黒髪と柔らかな白い肌で構成された、物静かで整った顔立ち。一見すれば穏やかにさえ感じるが、その奥底に深い憎悪と憂いと秘めた翡翠色の鋭利で冷酷な双眸と、まるで何かを隠すように不自然に巻かれたスカーフと左上腕部の包帯が、そのイメージに致命的な違和感を与えていた。……それは、その少女の前方に佇むアグモンも一緒だ。金色の眸に昏い感情こそ篭っていないようだが、代わりに頑なまでの意思が秘められていることが感じ取れる。……何かを成し遂げるためならば、どれ程の犠牲も厭わない戦士のそれにも似た、闘争の眸。

 この中に恐らくは、彼女と同じ―――――――惨い戦禍の中に佇んでいるのであろう子供とそのパートナーデジモンが、数組は居るのかもしれない。同じデジモンという存在と廻り逢って、しかしどうしてこうまで胸の中に抱く感情が変化してしまうのか。周囲を視線だけずらして見回してみれば、彼女の存在にショックを受けたのであろう者、さも当然のように淡々と見つめ続ける者、そして同情とともに哀れみの視線を向ける者、それぞれで抱くものは全く違っているようだった。



暫くの間、一方的に睨まれ続ける由井だったが。
何とかして少女を落ち着かせてやろうとして、言葉を紡ぎかけて。






――――――――その瞬間に広間全体を襲った激震と爆音に、そんな言葉は無惨にも砕かれた。







「なっ……何?!」


 天井を、壁を貫いて響き渡る壮大な爆音と共に、立っていられない程に激震する大広間。バロモンもこの事態は予測出来ていなかったらしく、派手に演壇から転げ落ち、慌てて駆け寄ってきたサジタリモン達の力を借りて何とか立ち上がる。その表情は、焦燥に満たされていた。
由井もまたバランスを崩して倒れそうになるも、咄嗟に駆け寄ってきたヴァルによって支えられ、辛うじて転倒を免れる。由井と対峙していた少女は、片膝を突きながら鋭い視線を周囲に向けた。


「……バロモン様、大変です!!」

「なっ、何があったのだ、シルフィーモンよ!」


 次々と迫り来る衝撃と爆音の中、必死の形相で駆け込んできたシルフィーモンが、バロモンや混乱しつつある子供達の視線を一斉に浴びながら、息を切らせつつもバロモンに向けて叫ぶ。




「敵襲です!!……まっ、間違いありません!ヤツら≠ナす!!」

「!? 上空監視は何をしていたのだ!?」

「い、いえ……それが、何も無いところから突然現れて……くおぉっ!?」




 一際盛大な爆音と共に、大広間の天上の半分ほどが一気に崩壊した。無数降り注ぐ瓦礫の雨を何とか凌ぎながら、子供達は天井に空いた大穴を見上げる。





――――――――そこに、そいつの姿はあった。






「―――――――初めましてだな、選ばれし子供達!」



 高らかと響くその大声に、バロモンが思わず目を丸くする。子供達もまた、その異形の姿に呆気を取られていた。そんな彼らの様子を心底楽しむかのように口端を吊り上げながら、さらにその異形は謡うかのように言葉を紡ぎ続ける。



「我が名はミレニアモン!そう、我こそが、君達の最大の敵―――――――」



 自身をミレニアモンと名乗ったその異形、彼の後方より迫り来る四機のプテラノモン。彼らの懸架したミサイルポッドから、一斉にミサイルが吐き出される。穴を潜り抜けて急速接近するその物体が何であるかを知った瞬間、その場に居た者達の間に戦慄が駆け巡った。





「――――――――武力集団レギオン≠統率する者だッッッ!!!!!」




最悪の敵がそう吼えると、ほぼ同時に。
次々と着弾したミサイルの吐き出した爆音と爆風と爆炎と爆熱に、広間が多い尽くされた。





<とぅーびーこんてにゅーど>


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