D:∀
         #2.『START LINE』





「ん……んー?」


瞼の裏が白く燃えるのを感じ、悩ましげな声を上げて少女―――瑞樹由井は目覚めた。
最初にぼやけた視界に入って来たのは、天井に空いた穴から見える雲ひとつ無い青い空。
はて?此処は一体何処だろう?そんな唐突な状況にそのような戸惑いを由井は覚えた。しかし、そんな風にここで思考しても意味は無いと悟ったのだろう。上半身を起こし寝ぼけ眼をこすりながら辺りを見回す。
大量に積まれた袋が鎮座する薄暗い空間。妙な埃っぽい空気が由井の喉を刺激した。と、ここで由井は有る事に気付く。自分の手がチョークを触った時の様に真っ白だという事だ。由井は今座っている場所が山積みにされた袋の上である事と、その手を白くしたのは袋に付着した粉であると分かった。そして、手を鼻に近づけ匂いを嗅ぐ。微かだがパンを焼いた時の匂いに近い。どうやら小麦粉で、これらは皆、小麦粉の袋らしい。
此処は小麦粉の貯蔵庫だった。
その中で由井はDWにも小麦粉はあるんだという暢気な事を思う、そして、ようやく自分が置かれた状況に対しての疑問が沸いた。


「何で私こんな所に居るんだろ……そういえば……」


状況を把握するために由井は頭を振り、寝ぼけた脳髄を覚醒させ、微かに残る眠りの前の記憶を呼び起こす。





それは冷や汗であったか、それとも広間を包む炎の熱さによって生じた汗であろうか。由井自身は汗ばむ自信の体を抱え、そう思っていた。先ほどまで清潔感漂い整っていた空間が一転、瓦礫散らばる凄惨な場所へと生まれ変わる瞬間、彼女自身は相方であるヴァルの横に咄嗟に隠れた事によりその難を逃れた。だが、それは一時の難を逃れたに過ぎない。由井自身、今置かれているのは明確な危機であると悟っていた。そして、その原因となったミサイルの雨を降らせたプテラノモン達は何時の間にか居なくなっている。燃える音と驚きの声やらパニックになった他の子ども達の声が響き渡る。だが、そんな阿鼻叫喚の中であっても、由井には一つの音しか聞こえていなかった。


「クククク……どうした?その程度なのか?」


酷く愉快そうなその声を上げ、頭上でミレニアモンが笑っていた。だが、その異形で邪悪な面構えでは笑いも何もあったものでは無い。はっきり言って似合わない。そう誰もが思う程に彼の笑いは反吐が出る代物だった。もっとも、現状から推測するに、自分に楯突こうとする者達がこうも簡単に襲撃を許した事と、たやすくパニックになった自分達への侮蔑の意味が込められている以上、不快感を覚える笑いであるとははなから言えた。
勿論、そんな笑いに不快感を覚えたのは由井だけでは無い。


「……ちょうどいいです、今この場で全てを終らせてあげますよ」


由井とヴァルが居るちょうど右側の瓦礫の影か瞳に翡翠色をたたえた少女が現れる。少女――――――蘭崎美音が殺意を込めた眼差しでミレニアモンを見つめていた。言うまでも無く、彼女のパートナーである黒いアグモンも同様に研ぎ澄まされた殺意をミレニアモンへと向けている。
そこへ。


「……てめぇ……調子こいてんじゃねぇぞ……死ぬかと思ったじゃねーか!!」


黒いジャージを着た由井が未だ会話をしていない少年―――遊佐狼一が左側の燃え立つ瓦礫と炎の中から大声を上げて立ち上がった。その行動、額を押さえながらよろよろと立ち上がる姿を見るとどうやら瓦礫の破片を頭にぶつけたようで、額には大きな痣が見受けられた。


「頭にもぶつかったじゃねーか!!禿げたらどうすんだよ!!」


狼一は大声でそう叫び、美音と同様にその瞳を頭上のミレニアモンに向ける。
そこで由井は気付く。辺りを見回してみれば、美音、狼一以外にもミレニアモンに対して確かな敵意を抱き、立ち上がる者達が居た。その中には先程由井と会話した神野ココロも含まれている。

そんな彼等の視線が注がれる一触即発な空気の中で、ミレニアモンは業深く、とても愉快そうに、酷く邪悪に、そして面白そうに笑っていた。むしろ、彼等のその様な態度に逆に愉悦を感じている様で、その凶悪な面構えを歪ませ今にも腹を抱えて笑いころげそうだった。
そんな態度が強者の余裕というものを醸しだしていた。


「クククククク…アッハッハハハハハハ!!……ほほう……中々凶悪な面構えをしているでは無いか?」


お前にだけは言われたくは無い。
由井を含む誰もがそう思い、心の中でミレニアモンに対して更なる不快感を覚える最中、ミレニアモンはその黒い異形の細く長い腕を顎に添えると何やら思案するような面持ちになる。そして、その細長い悪魔の手をおもむろに挙げた。


「気に入ったぞ?……この一撃はお前等に向ける手向けだ……受け取れ“ディメンションデストロイヤー”」


そして、次の瞬間―――彼女達の世界は暗転した。
視覚が歪み、徐々に五感の自由が奪われ、体が浮遊感に囚われる。
そこで意識が途切れた。




「……まんまとしてやられたわけね」


そう由井は忌々しげに呟くと唇を噛み締めながら小麦粉の袋の上に立ち上がった。自分の後部のスカートを叩き、麻のカスと少量の小麦粉を払った。そして、頭上を見上げ自分が落ちてきたであろう天井の穴を見つめる。噛み締めた唇を解き穴から見える青空に向かって人差し指を指して叫んだ。


「よくもッ!!私をこけにしてくれたわね!!この礼は必ず百倍にして返してあげるわッ!!」


その声がミレニアモンに届いたかは定かで無い。
けれども由井自身は満足したのかいつもどおりの上機嫌な笑顔になり外へと出た。







石造りの玉座の上にミレニアモンはその巨体を預けていた。

先刻と同じ様に愉悦に歪んだその表情は酷く不快感を催すものだった。
しかし、今回の作戦の結果を報告する部下の前であれば、高らかに笑い続けている訳にもいかない。故に、幾分か笑いを堪えている様子ではあった。けれども、傍目からみればそれは堪えているのか怪しい挙動である。そんな自分達の首領を一瞥し、ゴシックドレスを纏った黒髪の少女が苛立ちの表情を浮かべ、手に持ったレポートを淡々と読み上げていく。



「……プテラノモン・シュトルム隊の被害は0、はじまりの町に集まっていたレジスタンスはほぼ壊滅……ただし呼ばれた対抗勢力の子供達、それにそのパートナーは全員行方不明……」


最後の一行を忌々しげに読み終えると、少女はそのレポートを片側に居る少年にぶしつけ押し付ける。そして、彼女は艶やかな唇を重々しく開き、苦言を発した。


「……失礼かもしれないが、我等がレギオンの党首、ミレニアモン……牽制攻撃を仕掛けると言っておきながらもっとも脅威であると推測している子供達をどうして逃がすような真似をしたのだ?」

「くくく……我が?そのような甘い真似をするとでも?」


愉悦の表情を浮かべたままミレニアモンは玉座の下方に居る少女に今回の是非を説く。
それに対し彼女は苦虫を噛み砕いたかのような表情になり答えた。


「……シュトルム隊の面々が爆撃を行った後、一旦高度を取り戻すために空に上がった時の話だ。証拠は無い」

「ならば……彼らの運が良かったと言うべきじゃないのか?……とはいえ……これから始まる地獄の宴に比べれば……あの場で死んでおけば良かったと思うくらいだろうなぁ……」


薄汚い笑みを浮かべたかと思うと、今まで我慢してきた反動だろうか。ミレニアモンは心底おかしそうに笑い声を上げ始める。その表情からはこれから起こるであろう“戦争”に期待を寄せている事が見てとれた。故に、少女は自分達の首領が故意を持って彼等を逃がした、そう確信していた。いや、そもそも大前提としておかしいのだ。その気にならば、あれくらいの小世界をたやすく粉微塵に出来る首領が今回出向いたかのは何故か。

そう、レジスタンスの襲撃という名目で行われた、自分が遊ぶ為の玩具の品定めだ。

……いや、それだけでは無いのかもしれないが。


「……当面は我がレギオンの傘下に下ったデジモン達に捜索をさせる、それでいいか?」

「あぁ、勿論構わんよ……」


再び高笑いを上げるミレニアモンに、少女は少年を連れて、踵を返す事で応えた。









由井がその倉庫から出た時、最初に目に入って来たのは白い光だった。


「うわっ!?まぶしっ!?」

 
思わず由井は先ほど倉庫で拾った自分のハリセンで顔を覆う。数秒後、ゆっくりとその白い光に視界を慣らしていく。
そして、白いレンガで出来た街が見えた。
自分が住んでいた日本とは違う、白いレンガで出来た古い石造りの家屋が続く町並み。そして、その先には空と同じように青い海が広がっている。その付近にはちらほらと船の様な物も見受けられた。気が付けば風に運ばれて海の潮の匂いも感じられる。
どうやら此処は港町らしい。


「……面白そうね」


そんな風情ある町並みが由井の好奇心という名のアンテナに引っかからない筈は無かった。
口元に満面の笑みを湛え、彼女は白いハリセンを高く掲げ、町の方へと向かった。


「誰か居ないの?」


そうして町へ繰り出してから数十分後。由井は無人の街中で一人呟く。彼女が意気揚々と町へ繰り出してみると町はもぬけの空であり、人は元よりデジモン一匹すら見当たらないのである。ただ白い町並みが並んでいるのみ。そこには生気はまったく感じられず、流石にここまで無人の町に何も感じない由井では無い。徐々にではあるがその事態が異常であると感じ始める。


「ねぇ!!本当に誰も居ないの!?」


町の大通りらしき場所で由井は大声を張り上げる。だが、その町中に響く声を返す者は誰一人としておらず、彼女は肩を落さずにはいられなかった。


「はぁ……こんな面白そうな所なら何かあると思ったのに、はぁ……」


溜息を口からこぼし、しかめた表情のまま由井は空を見上げた。
雲も無く、動きも無く、変わりも無く、青いペンキを一面にぶちまけた様な空は清清しさをこれでもかと発揮していた。世は事も無かれで平穏無事。そんな印象を由井に与えた。当然ながらそんな退屈を彼女は毛頭も望んではいないわけで、今のひとりぼっちの状況と相重なって、由井の鬱憤を倍増させた。


「んぁー!!もう!!何でもいいからおきなさーい!!」



そんな彼女の願いを神様は聞き入れてくれた様で、叫んだ次の瞬間――――彼女の後ろの白いレンガ造りの家が音を立てて崩れた。


「はっ!?あっ!?えっ!?」


背後からの突然の大音響に由井は驚き、振り返る。すると、そこには粉砕されたレンガの靄の中で動く影があった


「……何?」


由井は恐怖心からその身を若干縮こまらせた。

だが。


「……?」


街を吹き抜ける潮風に白い靄はさらわれ、その中に居た存在を顕わにした。先ほどの言葉は由井がその靄の中に居た主を見た時の第一印象である。

重機を掛け合わせたような体。顔には穴が三つ開けられていてその単純なデザインに、由井は歴史の教科書で見た、埴輪を思い浮かべた。そして、その間抜けな表情に先ほどまで感じていた恐怖心が消えうせる。
故に由井はフレンドリーにそれに話しかけた。


「って、ちょうど良かったわ!!貴方この町の人?此処はなんて町でそれで皆は何してるわけ?」


先ほどとは打って変わって彼女は明るい表情で質問攻めをする。しかし、間抜け面だからと言って、いきなり現れたそれになんの疑いも持たずに話しかける事は、彼女は甘さを露呈させた。


「GAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA」

「……あれ?」


その埴輪顔の重機は唸りを上げてゆっくりと由井の方へと近付いてくる。当たり前だが、そこには友好だとか剣呑だとかと言うような暖かい空気は無く、じりじりと機械の駆動音を上げて、その巨体を近づいてくる。その姿は彼女でなくとも恐怖を覚えたであろう。勿論、由井にもその圧迫感は読取れた。そして、そいつが敵だと感じた瞬間、由井の体は突如として現れた青い無骨な手に路地裏へと引きずり込まれる。

その刹那、驚きで目をぱちくりさせる由井の視界には、先ほどまで自分が居た箇所がその埴輪顔の重機のショベルによって抉り取られる行動の一部始終を目の当たりにする。


「大丈夫だったか?」

「え!?あ、うんって……貴方!?」

「また会ったな……確か……ユイだっけ?」


青い手の主―――神野ココロのパートナーデジモン、エクスブイモンネクストはそう言うと、ある程度あの重機から離れた路地裏に由井を優しく下ろした。


「えっと……助かったわ……ありがとうでいいのかしら?」

「多分、それで合ってると思うぜ」

「そう、ならいいんだけど……ってよく無事だったわね、あんた」

ハリセンを肩に乗せ再び安堵の表情を浮かべる由井。見知った顔に出会えたのが余程嬉しかったのだろうか、その表情は先ほどよりも落ち着いている様に見えた。


「それはお互い様だろう?」

「まぁ、それはそうよね……そういえばあんたのパートナーは?」

「ココロならこの先の路地に隠れてる……なんだか街の様子がおかしいから俺が偵察に出てたんだ」

「そうなの……なら、私も其処に案内してもらえるかしら?」

「いいけど……あの大きなパートナーは一緒じゃないの?」


そうエクスブイモンネクストは首をかしげながら由井に問う。どうやら大広間で見たムゲンドラモンのヴァルが一緒に居ない事を不審に思ったようだ。


「……そういえば忘れてたわ!!どおりでハリセンが空しいわけよ!!」


そんなエクスブイモンンネクストの問いにあっけらかんと答える由井。
どうやら倉庫から出た瞬間、町の事に夢中になっていたようで、由井は自分のパートナーであるヴァルの事をすっかり忘れていたようだった。今更ながら何か不満そうな顔でハリセンを手にぽんぽんと叩きながら不満気に呟く。


「まったく……何処で油売ってるのかしらね……」


そんな彼女のぼやきにエクスブイモンネクストは苦笑するしかなかった。









その広い倉庫の中には数人の人間と一匹のデジモンが居たにも関わらず静寂としていた。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……っておい!!何か皆、喋れよ!!何時までも三点リーダで話が続くと思うな!!」


そんな静寂に耐えかねたのか、緑色のパーカーを着た少年―――森元手津弥(もりもと てつや)は大声を上げて彼らに呼びかけた。
だが、しかし。


「五月蝿いですよ……蛙パーカー」


手津弥から数メートル離れた倉庫の入り口付近の壁際で、パートナーのBアグモンと共に体育座りしている少女―――蘭崎美音は手厳しく、同時に忌々しげに毒づいた。無論、その表情から見るに場の雰囲気を和ます冗談等と言った類では無く純粋に手津弥を五月蝿く思ったのだろう。事実、眉間には皺が寄っていた。


「蛙!?それはあれか俺の服が緑色だからか!?生憎、洗濯して色褪せて薄緑色だがな!!」

「だったら蛙じゃなくてミドリムシですね」

「……静かにして貰えるかな?」


そんな二人の延々と続きそうな問答を制したのは二人とは距離を置いた倉庫の壁際に居る学生服の少年―――高見恭司であった。
両腕を組みながら壁にもたれかかる恭司はその眉間に皺を寄せるでもなく、激昂するでもなく、ただ淡々と何かを待っている様にその場に立っている。
やがて。


「今、戻ったぜ。恭司」

天窓から彼のパートナー―――ピコデビモンが入って来る。

「おかえりといえばいいのかな?」

「別にいいぜ。それより街の様子だけどな……なんか知らねぇけどケンキモンの群れが街をぶち壊しまくってたぜ?ありゃ、地上げと何ら変らないよな」

「……それでそいつらが僕らの話を聞いてくれる見込みは?」

「多分無いぜ」

「そうか」


落胆する様子も無くあくまで恭司は冷静に相槌を打つ。そして、そのピコデビモンからの話が終ると今度は美音の方を向いてただ冷静に言葉を呟いた。


「……だそうだ、これからどうするつもりだい?」

「……状況から察するにあのミレニアモンの手勢で間違いは無いと思います……速やかにこの街から離れる事が重要かと」

「……何処か行く宛は?」

「……仕方ありません。この街を出てから考えましょう」

「随分と短絡的だよなぁ……?」

「ミドリムシは黙っていて下さい」

「僕も同感だ」


再びその場に居る皆が沈黙した。

――――――遡ること数十分前の出来事である。由井と同じように小麦粉袋の倉庫の中で恭司達は目を覚ました。だが彼等は由井とは違い、いきなり町に飛び出そうとはせず状況を把握する為、比較的隠密性に長けたピコデビモンに外界の様子を探って来るように話し合いで決め、提案した。いきなり呼び出された未知の世界である。一体どのような危険があるか分からない上、彼等にとって不本意ではあるが何時の間にかミレニアモンに敵対してしまった。故に、外にどのような危険が待ち構えているかは分からない。そう冷静な判断からの提案だった。しかし、そこから先の状況を確認してから後の展開についてのビジョンは曖昧だったようで一同は再び沈黙とあいなった。


「……街中にケンキモンだらけなんだよな……じゃあ居なくなってくれればいいんだけど」
そんな中、最初に口を開いたのは他でもない手津弥だった。

「……ミドリムシ、貴方は馬鹿ですか?先ほどの話を聞く限りではそのケンキモンの群れに話等到底通じるわけが無いのですよ?それをどうやってどかすと言うのですか?」

「いや……それは」

「……パートナーも居ない貴方が何を出来るというのですか?」


思わず美音の言葉で手津弥はたじろぐ。しかし、彼女の言葉は的を射ていた。
彼等が目を覚ました際、パートナーが居たのは恭司と美音の二人だけで手津弥は自分のパートナーデジモンであるヨウハクと呼ばれるレアグレイモンが側に居なかった。そして、手津弥は普通の人間だった。
そんな手津弥に、ケンキモンの群れどころかまともにデジモンと対決するのさえ難しいだろう。
故に美音は手津弥に対して自分自身の境遇を考えわきまえろと剣幕を持って牽制したのである。
事実、手津弥は明らかに年下であるのにも関わらず、完璧に美音にのまれていた。


「ともかく……いずれはケンキモンはこの倉庫にもやってくる……そう考えれば僕達に残されている時間は少ない……今は隠れ場所を変えるか、それともこの街を出て行くか……その二通りで決断しないか?」


そんな険悪な雰囲気と果てのなさそうな討論を避けるため、恭司が冷静な言葉を以って切り上げた。


「それなら……私はとっととこの町を出て行く事に賛成です……早く元の世界へ帰りたいですし」

「俺は隠れ場所を変えるに賛成だ。出て行くとしても何かしら準備してから出て行った方が良いんじゃねーの?食料とか」

「……一体どうやって食料を調達するつもりですか?まさか拝借するとでも?」

「……じゃあ手前は何か考えはあんのかよ?」

「さぁ?ですが、こんな自分より年下の人間……しかも、女の子に言いくるめられるなんて、貴方はカエル以下ですね」

「っ!?」


と、再び意見が分かれ険悪な雰囲気が場を包みこんだその時である。


「!?」

「なッ!?」

「きゃッ!?」

「うおッ!?」


天井を突き破り何か巨大な物が、美音達の後ろにある小麦の袋の山に落ちて来た。


それはムゲンドラモン――――――由井のパートナーのヴァルだった。


小麦粉の山の上に落ちたのはヴァルにとって幸いな出来事だった。
積み上げられた小麦粉の袋の山は機械で出来たヴァルの鈍重な体を落下の衝撃から守る丁度良い緩和材となった。故にその身を傷つく事は無かったようで、やがてその白い小麦の粉塵の中からゆっくりとヴァルが立ち上がった。


「……内部機関異常無し、サポートCPUに異常無し……システムオールグリーン……よし」


機械音を立てながら辺りを見回すヴァル、その視野に数個の動く影を発見すると用心の為にと自身に備えられたバルカン砲の標準を合わせる。もっともそれは単なる労力の無駄遣いだったようで、すぐさま、バルカン砲の標準を彼女から外した。


「お前等は……」

「……何が落ちて来たと思えば……ハリセン女の連れのデカブツじゃないですか……けほ」


ヴァルが落ちた衝撃で舞った小麦粉のせいで髪の毛を真っ白にした美音が唸るように言った。
咳が交じっている所を見るとどうやらモロに小麦粉の洗礼を浴びたらしい。その証拠に彼女の黒い服やら髪の毛やらがほぼ真っ白に染まっていた。


「お前は……由井と張り合っていた小娘か」

「えぇ、そうですけど……もっとも今は貴方と張り合いたいですけど……!!」

「……そう睨むな」


一触即発の雰囲気を察し、ヴァルは美音を悟らせるように静に答える。
また同時に彼の機械の瞳が自分との争いは無駄だと冷静な光を帯びていた。
無論、その無言の圧力を美音は理解出来ない訳ではない。


「……理解が早くて助かるな」

「しかし何だってまた……あんた俺達より重いから先に落ちてたんじゃないのか?」

「どうやら先のミレニアモンの攻撃は空間を捻じ曲げるものだったらしい……ねじ曲げられた空間から通常空間に抜けるにはどうやらそれぞれ誤差があるみたいだ…………ところでお前は……?」

「森本手津弥だ。あんたと話すのは初めてだったな」


小麦粉の粉塵の中で手津弥が軽く会釈をすると彼はヴァルに笑顔で語りかける。その表情から察するにどうやら自分を言い負かした美音が小麦粉まみれになったのが可笑しかったよう、他愛も無い自己紹介をした後、彼はヴァルに現在、自分達がどのような状況に陥っているかかいつまんで説明した。


「ふむ……ケンキモンの群れか……我にとって殲滅できない相手では無いな」


酷く冷静に、それでいて冷徹に、ヴァルは現在の状況を判断して、呟く。
無論、当たり前の話だ。アーマー体が何体と居たところで究極体、それもヴァルのように誰の手によるものか。カスタマイズされたフル装備のムゲンドラモンに勝てる道理は無い。


「……しかし、これで僕達が襲われても大丈夫だが……君のパートナーはどうした?」

「由井か?……はん……居なきゃいないで清々する!!」

「おいおい……そんなんでいいのかよ?」


やや呆れた調子で手津弥が問う。
それに対し、ヴァルは不機嫌な声色で返す。


「構うものか……我はなりたくて彼奴のパートナーになったわけでは無い」

「と言うと?」

「あいつは押しかけで我のパートナーになっただけの奴なんだよ!!いやそもそもパートナーかどうか怪しい!!」

「なるほどね……君みたいだな。ピコデビモン」

「照れるぜ」

「いや……褒めてはいない」

「とにかくだ!!我はあいつときっぱりこれで別れたんだ!!清々する!!」

「それはともかくあんたこれからどうする……ん?」


と手津弥が口を挟もうとした時だった。


「……何か揺れていますね」

「……何か揺れているな」

「おい……ひょっとしてこれ……」

「……ピコデビモン」

「おうよ」


先程と同じようにピコデビモンは軽やかに天窓から外へ出て行く。
だが、先程よりも弱冠……いやかなり早いスピードで戻って来たのは言うまでも無い。


「集まって来ているぞ」

「……主語が抜けている」

「ケンキモンが」

「復唱」

「ケンキモンが集まって来てる」

「へぇーそうなのかー……ってオイ!!」


軽やかに突っ込みを入れて手津弥がすぐさま倉庫の木製のドアから外を垣間見る。すると、ケンキモン大群が倉庫の外の白いレンガ道を重厚なキャタピラで破壊しながらやって来ていたではないか。その数は十を下らない。
何十機もの鋼鉄の塊がこの倉庫へ集まろうとしていた。


「なんちゅう数だよ!!んでも……どうして俺達が此処に居るって分かったんだ!?」

「多分……彼が落ちて来た衝撃で奴等に感知されたんだろう?」


そんな恭司の冷静な示唆にヴァルは少々顔をしかめた後答える。


「……別に謝らんからな」

「とにかくどうすんだよ!?あいつらすぐに此処まで来るぜ!?」

「止むを得んな……」

そういうとヴァルはその巨体を面倒臭そうに動かし……倉庫の門の前に立つ。

「?……何をするんだ?」


ヴァルに対して恭司は冷静に質問をすると、ヴァルは不敵に微笑み、そして一瞬喉を鳴らせた。
がしゃこんと何か鍵が外れるような音が恭司達の耳に入る。


「……今の……ですね」

「へ?」

「まぁ、有言実行か」

「言っただろう?殲滅できない相手では無いと!!」


そうヴァルが言った次の瞬間には、彼の両肩についた追加装備のミサイルポッドから二つの火花が飛び出し倉庫の扉を突き破って行った。

当然ながら手津弥はその光景を唖然とした表情で見ているしか無かったのは言うまでも無い。









地面から生えて動いている二本の足を由井達は眺めていた。


「何これ……犬神家?」

「……いやそうでは無いと思うよ……ほら、もがいているようだし……」

「なぁ、ココロ……やっぱりこいつ引っこ抜いた方がいいのかな?」

「……まぁ……上から落ちて来たんだし……俺達の仲間である可能性は高いしね……ネッ君?お願い出来る?」


……遡ること数分前。
由井がココロと合流し、他の仲間を探そうとしていた時の事である。


「どうしたんだろ……さっきまであんなに居たケンキモン達が居なくなってる……」


由井が肩にハリセンを掲げながら不思議そうに呟いた。
勿論、この時由井はケンキモン達が空から落ちて来たヴァルに反応して、倉庫の一角に集まっている事は当然ながら知る由も無い。ただ不思議がるだけである。


「……よくわかんないけど……まぁ、街中を堂々と歩けて楽だからいいけどな」

「あんた図体隠すのが大変そうよね」

そんな風に静かな町を二人と一匹で歩いている時である。

「ん?」

不意に由井が空を見上げた。

「どうしたんだ?って……えっ!?」


ココロがそんな由井の行動を不審に思った次の瞬間、空からデジモンが落ちて来たのだ。
そう遠くは無い距離で爆砕音が響く。

それが数分前の出来事である。


「ぷっ……にしても……こいつ……よっぽど笑いの神様に愛されているんじゃないかしら。普通こんな風に地面に真ッ逆さまに落ちてこんな風に頭から突っ込んで……くぅ……面白い状況で発見される奴も居ないわ…・…」

「……まぁ、ここはDWだし……そう難しく考える必要も無いんじゃないかな?」

「ともかく引き抜いてやんないと……おらよ!!」


そう言うとエクスブイモンはそのじたばたともがく足を力強く掴み、一気に引き抜くと、豪快な音と共に地面に埋まっていたデジモンがその全身を顕わにする。


「あ……」

「……ウォーグレイモン……?」

「でも、微妙に形状が違うわね?」

「形状が違うっていうか……」


ぽんぽんと引き抜かれたデジモンは自分の上半身についた土くれを手で払い始める。

引き抜かれた体躯は確かにウォーグレイモンの形をしていた。
けれども由井達が知るウォーグレイモンとは違っていた。
身を纏うクロンデジゾイド性の鎧も無ければ、勇気の紋章が入った背中の盾も無い。
さらには両腕は無手。ウォーグレイモンの象徴たる兵装ドラモンキラーも無い。
そして何よりも違っていたのはその体躯の色だ。
通常のウォーグレイモンの皮膚の色は生気溢れかえるオレンジ色である。だが今引き抜かれたウォーグレイモンらしきデジモンの皮膚は生気の無い……淀んだ灰色だった。


「……こいつウォーグレイモンっぽいけど違うんじゃないかしら?」


由井がハリセンで肩を叩きながら言う。
勿論、ココロもエクスブイモンも異論を唱えはしなかった。
それほどまでに目の前に居るウォーグレイモンらしきデジモンはイレギュラーだった。
すると土くれを払い終えたのだろうかウォーグレイモンもどきは由井達の方を向く。
そして……。


「なっ!?」

「……!!」

「ちょ!?」


軽やかに、それは見事に美しい動きで土下座を決め込んだ。

由井達は後に語るあれほど美しい土下座は今まで見た事がなかった……と。


「ちょ!?お前、どうしたんだ!?急に!?」

慌ててエクスブイモンネクストが彼を起こそうとその逞しい手を伸ばすと、その手をウォーグレイモンはするりと避ける

「ちょ!?おい」


手を伸ばしたエクスブイモンから離れるように、ウォーグレイモンもどきは疾風の如きスピードで近くの物陰に隠れるとがたがたと震え出し、その純真そうな瞳で由井達を見つめている。

「ココロ……俺、何か悪い事したか?」

「いや、俺が見たかぎりじゃ特に悪い事は何もしてないと思うけど」

「あんた、見た目がごついから敵だと思われてんじゃない?」

「な!?」


エクスブイモンネクストが驚愕の声を上げた。
確かに彼は普通のエクスブイモンと比べれば非常に肉付きも良く、筋骨隆々といった表現が相応しい存在である。つまり悪く言えば見た目が恐いのだ。
勿論、エクスブイモンネクスト自身もそれは承知の上なのだが、やはり直にそのまま言われるとこたえるのだろう。
故にエクスブイモンネクストは少し怒った口調で由井に言葉を返す。


「あのなぁ……助けたのは俺なんだ……感謝されてもいい筈だ!」


若干語尾を上げて由井に発言するエクスブイモンネクストにウォーグレイモンもどきはびくりと反応する。その様子が由井には見て取れた。


「やっぱりあんたが怖いみたいよ?あの子?」

「……ネッ君……あんまし吼えると相手が恐がる」

「なに!?ココロまでんなこと言うのかよ!?」


再度怒鳴るエクスブイモンネクストに対し、ウォーグレイモンもどきは更に震えだす。


「ほーら、あんまし吼えない、吼えない……あなたもしかしてあの大広間に居た?」


由井がウォーグレイモンもどきに優しく問いかけると、ウォーグレイモンもどきはその言葉に反応した。少しだけ震えるのを止めて由井とココロを見た後、意を決したように首を縦に振った。


「それじゃあんたも私達の仲間ってことになるわね。あたしは瑞月由井……こっちに居るのは……」

「神野ココロだ。よろしく」

「……エクスブイモンネクスト……よろしく」

「そういうことね。それであなたの名前は?」


由井がそう言うと、ウォーグレイモンもどきは身振り手振りを開始する。どうやら喋る機能が無いらしく、一生懸命にジェスチャーで状況を説明しようとしているが、由井達は首を傾げる。


「あーもう、いいわ。全然分かんないし」


由井達にはまったく伝わっていなかった。
彼女の言葉にウォーグレイモンもどきはがっくりと肩を落とした。
先ほどの身振り手振りよりも遥かに分かりやすく落胆の色が見て取れた。


「あんたが喋れないのがいけないのよ!!たくっ……くよくよしてるんじゃないわよ!!」


そんななよなよしいウォーグレイモンもどきに憤慨したのか由井は声を荒げる。それが先天的なのか後天的なのかは知らないがウォーグレイモンもどきにとってはたまったものではないだろう、と傍から見ているココロは思った。
それにしても由井をここまで憤慨させているものは一体何なのだろうか?


「折角面白くなってきたのに!!くよくよされちゃたまんないわよ!!」


あぁ、それが本心か。ココロは内心呟いた。
広間で出会った時はまだこの由井という同世代の女子の事をあまり知らなかったため、ある程度押しの強い女性だ、くらいしか認識していなかったのだが、ここに来てココロは由井がどの様な人間か少し分かった気がした。
無論、それはココロのとなりに居るエクスブイモンネクストも同じ考えだった。先ほどまでぶつくさ言っていたのを止めて、今ではウォーグレイモンもどきに哀れみの視線を投げかけていた。

うなだれるデジモン界の勇者もどきとそれを罵る女子。

ある意味末世的な光景だった。


「あ、そだ。ねぇ、アンタにもパートナーが居るんでしょ?そいつの居場所分かったりしない?」

「なぁ……瑞月さん」

「なぁに?」

「さっきこいつが落ちて来ただろ?だったら分かんないんじゃないかな?」


ココロが由井に尋ねると由井は勝ち誇ったような顔になり、彼に胸を張って声高らかに言う。


「あんた馬鹿じゃないの!?こういう無口で何考えてるんだかわからない奴は自分のパートナーとの遠距離通信が可能なのよ!!いいえ、可能じゃなくとも出来る筈だわ!!絶対に!!」


無茶苦茶な理論にココロは頭抱えた。
そんな出鱈目な、根拠の無い理由で判断するのは如何様なものか。
だが、しかし。


「あっちね!!」


ウォーグレイモンもどきは指で方角を示した。どうやら由井のあてずっぽうな理論が的中したようである。
偶然とは言えこの事にココロは驚愕の表情を隠せずにはいられない。


「何、間抜けな顔してんのよ。さ、私達の仲間を迎えに行きましょ!!」


由井は意気揚々とハリセンを肩に抱えながら鼻歌まじりでウォーグレイモンもどきと指し示した方角へと歩き出す。


「……ココロ。ここで立ち止まっても仕方ない、行こうぜ?」


驚愕の表情を浮かべて立ち止まっていたココロをエクスブイモンネクストが正気に戻す。


「ん、あぁ……」


そしてココロもエクスブイモンネクストと共に由井の後を追うように歩きだし、前を歩く一人と一匹に合流する。
足並みを揃えウォーグレイモンもどきの指し示した方角へと歩み進む。


「さーて!!鬼が出るやら、蛇が出るやら!!」


由井がハリセンを掲げ、そう高らかに声を上げると、目指す方向から爆発音が聞こえて来た。
再びココロが驚愕した。









倉庫の周りは既に戦場だった。

一つの倉庫の周りに何十機とデータ分解していく、重機型のマシーンデジモン達が居た。
ケンキモン達である。
それらのデータ分解していく無残な重機デジモン達の屍の中心には、全身フル装備を施したムゲンドラモンが居た。
そう、ヴァルである。
最初は何十体も居たケンキモン達はムゲンドラモンであるヴァルの圧倒的攻撃力に徐々にその数を減らし、気付いてみればもう残り数機という所まで追い詰められていた。
無論、究極体と成熟期相当のアーマー体。何十機集まろうが、戦力差は目に見えている。
だが、それでもムゲンドラモン・ヴァルの攻撃は一方的だった。

初弾の二発のミサイルでまず十機程がデータ分解を待たずに塵となり爆風でその周りに居た数機ほどが再起不能のダメージを負う。それらの砕けた仲間達の上他のケンキモン達がその重機の足で踏みにじりヴァルへと近寄る。
だが、今度彼等を待っていたのはミサイルでは無い。ヴァルの片腕―――メタルティラノモンの移植品である腕からレーザーが放たれる。踏みにじった仲間ごと、今度はケンキモン達が閃光の中へと消えた。それでもケンキモン達の足は止まらない。
この時、ヴァルが何を思っていたかは定かでは無い。同じマシーン系のデジモンとしてプログラムに縛られるケンキモンを哀れんでいたのかも知れないし、はたまた無意味に等しいケンキモン達の足掻きに内心、嘲笑していたのかも知れない。
どちらでも、はたまたそれ以外の考えだったとしても彼の次に取る行動は決まっていた。
背中の巨大な砲身にエネルギーが溜まり始める。それは不気味な低音となってにじり寄るケンキモンの重装甲キャタピラ音とあいまって音楽を奏でる。
そして曲のフィナーレに―――それは放たれた。


「ムゲンキャノン!!」


双頭の砲身からエネルギー破が撃たれる。それは地面を抉り、ケンキモンの集まりの中心めがけて撃たれた。
赤熱する白い床。それが一瞬歪んで、次の瞬間に爆発を起こす。


「すげぇ……」


倉庫の内側からその光景を見ていた手津弥は思わず口に出した。
それほどまでに凄まじく、また鮮烈な光景である。当然、美音も恭司もピコデビモンもその光景をまじまじと見つめていた。


「敵影残り十八……条件一致……ムゲンキャノン停止……これより肉弾戦に入る」


先ほどの声を荒げていたヴァルは何処へ行ったのか。
そう思わせるほどに冷たい機械な声で呟いた次の瞬間、ムゲンドラモン・ヴァルはその巨体で残ったケンキモンの群れへと突撃する。これだけ数を減らせばもう余分な弾を使わなくて良いと判断したのだろう。
巨体を唸らせ、残るケンキモンの群れへと突撃した。


「一」


ケンキモンの残骸を踏み潰し、一体目を串刺しにする。


「二」


串刺しにしたケンキモンをもう一体別の個体に力任せに投げつける。


「三」


尾で後ろから攻撃してくるケンキモンを叩き潰す。


「四、五、六」


その尾を横薙ぎにしてもう一体、もう一体、もう一体と吹き飛ばす。


「七、八、九、十、十一、十二、十三、十四、十五、十六、十七!!」


次々とケンキモンを撃破していくムゲンドラモン。

そして。


「十八!!」


最後の一体をそのクロンデジゾイドの超金属性の爪で安々と引き裂き、数十体も居たケンキモン達が見るも無残な残骸の山となった。

「戦闘終了……サブCPU、戦闘モードから通常モードに切り替え」

そして、冷徹な声が戦闘終了を告げた。


「……圧倒的ですね」

「圧倒的だな」


倉庫から美音が出て、その翡翠色の瞳に炎を映しながら何の感慨も無く呟き、Bアグモンが復唱する。
そう、その台詞は今行われた戦闘を端的にそして、見事に表現している言葉だった。それ故に誰もがそれ以上目の前で行われた戦闘の感想を口にはしなかった。
ただ彼女達は沈黙するのみである。
その数分の沈黙の後、最初に口を開いたのは恭司だった。


「……それでこれからどうする?ここから移動するかそれとも」

「まずは、何処かで旅荷を揃えましょう。それからこの街を出ましょう」

「おい!!お前さっき、すぐに街を出ましょうって」

「五月蝿いですよ、ミドリムシ。さっきの話はケンキモンが居た時の仮定です。今は居ませんから旅荷を揃える余裕があるんですよ」


そういって残骸を避けながら美音はあたりを見回し、ふと何かに気付く。


「……っ」

「……誰か来る?」


そう、美音が呟いた次の瞬間だった。

残骸の山を駆け上がり……一人の女子が宙を舞う
その女子が取っていたフォームは非常に美しくかつ大胆なものであり、一流の野球選手がバットを振りホームランを打った時のような開放感に満ち溢れていた。一瞬の出来事とは言え、美音や恭司、手津弥などその場に居た人間達を唸らせるには十分だった。
それもまた一つの圧倒的な光景だった。

だが、ムゲンドラモンのヴァルだけはそのような事を思わなかった。

思ったというよりもヴァルは明確なデジャビュを感じた。

あぁ、このパターンは。
CPUの思考回路で電流が流れるより早く、流れるような一撃がヴァルを襲う。

女子―――由井がハリセンでの一撃をヴァルにお見舞いすると、超金属クロンデジゾイド製の体が宙に浮き三メートルほど先の白い床に盛大な音を立てて吹っ飛んだ。
誰もが目を疑いたくなるような光景の中を、先程と同じように沈黙が支配する。
そして、その支配を打ち破ったのは他でも無い。
由井だった。


「たくこのアホンダラッ!!パートナーほっといて何してんのよ!!」


眉間に青筋を立てながら由井は吼える。


「やはり今回もサブCPUでも解析不能か……」


ヴァルがまるで生まれたての子鹿のようによろよろと立ち上がり、そしてがっくりとその巨大な肩を降ろした。明らかに彼は落胆していた。


「ん?私と会えたのがそんなに嬉しい?」


由井が嬉々として言う。どこをどうやったらそういう解釈になるのだろうと、先ほどのヴァルの動きを見ていた皆は心の中でそう突っ込んだ。


「……どうしたの皆?何か急に黙り込んじゃって」


と、由井が何気無しに言った後、後ろのケンキモンの山を越えて一人と二匹が後を着いて来た。
ココロとエクスブイモンネクスト、それにウォーグレイモンもどきだった。


「あ、あぁ!?」


と、ここでウォーグレイモンもどきを見た手津弥が声を上げる。そして彼に近付く。


「……一応無事だったみたいだな」


手津弥がそう、ぶっきらぼうに言うとウォーグレイモンもどき――――――レアグレイモンのヨウハクは嬉しそうに頷いた。
無論、ヴァルの時とは違い明らかに嬉しそうだった。


「なーるふむ。こいつあんたのパートナーだったわけね。しかしレアモンから進化したウォーグレイモンなんて聞いたことないわね」


ヨウハクと手津弥が再会した後、手津弥はヨウハクの事を皆に説明した。
その説明によるとかつて自分の育てていたレアモンから赤いウォーグレイモンに進化し、とある経緯を得てこのような灰色の姿になったそうである。


「俺だって驚いたんだぜ……まさか俺の可愛いレアモンからこんなになっちまうなんて」

「……可愛い?……一度死んで性格直した方がいいんじゃないですかね。この蛙パーカーは」

「まさか、あんたがそんな面白い存在だったとはね……最初犬神家で地面に埋まってただけの事はあるわ!!……ま、それは置いておいて……これからどうするかよね」

「……どうにかして元の世界に戻る方法を見つけないといけないな……」


そうしてヨウハクの話題から一転し、今後の身の振り方を考える話となった。だが、この世界に呼び出されて間もない彼女達にとってそれは非常に難しい問題ではあるが故に数刻を要する話し合いとなった。

そして結果は。


「駄目だわ……全然思いつかない……あーもう……どうしたらいいのよ……!!」

「それに広間に居た他のやつらもどうなったか……」

「今は自分の心配でしょう?まったく何考えているんだか……」


完全に行き詰まっていた。話し合いは徐々に愚痴を吐き出すだけの険悪なムードへと取って代わっていった。


「はぁ……せめてなぁ……あの時もうちょっと説明があったらなぁ」


そんなムードの中、ココロが肩を落としながら言った。確かに数時間前の出来事は彼女達にとってあまりにも不条理である。RPGで言うならばゲーム早々、ラスボスが出てくるというとんでもない仕様と例えるのがいいだろうか。世界観の説明を省いてレベル1の状態で登場されたのでは馴染めというのは無理だろう。それは仕方ない話である。


「しょうがないわよ。いきなりあの憎たらしいボスっぽいのが来たんだから。……まぁ、確かにもう少し説明が欲しい所ではあるわよねー。あーあ、誰かこの場説明できる奴現れないかなぁー」

「……そんな偶然あるわけないじゃないですか……はぁ……本当に頭がお花畑の人は」


美音が溜息を吐いて落胆したのは至極当然のことだった。一般論から言えば、そんな偶然がほいほいとやってくるものではない。ましてや、いきなりラスボスが自分達に襲い来るような不条理の後だ。そんな幸運な話が信じられる程彼等は子供では無かった。

だが。


「おーい!!ここだ!!ここにいたぞ!!」


ケンキモンの瓦礫の山の上に見知らぬデジモンが現れるその瞬間までは。









結論から言えば由井達を見つけたのは、各世界に散っていたレギオンに対するレジスタンスのデジモン達であり、あの後一日ほど由井達はその組織の面々にお世話になった。
その経緯の流れは以下のようなものである。
レジスタンスが町の近隣の森に仮設支部を立て、逃げ出した白いレンガ町の住民を其処に受け入れ、圧倒的数量差のあるケンキモン達から町を取り返す算段を練っていた頃、由井達が空から降ってきて、ヴァルがケンキモン達を撃破したという流れであった。
この時、由井達の事は既に各地に点在するレジスタンスに知れ渡っていた。
最後の希望をかけた召喚の後、本部との連絡が取れなくなった各地の支部にこの世界を救う希望の星を、召喚された者達を探す命令が飛んでいた。そうした命令が出てから二日後の出来事だったそうである。


「まったく不思議だ……」

「ケケケ、浦島太郎みたいだな」


由井達にとってほんの数時間の前の出来事だったが、ミレニアモンのディメンションデストロイヤーの影響だった。次元の歪みが由井達を二日後の未来に飛ばしたのだ。ちなみにこの推測を立てたのはヴァルである。無論、現状から推測するに誰もその事に異論は唱えなかった。
そして、その影響は逆にレギオンにも行動する隙を与えてしまった。故に既に各地のレギオンの支配下のデジモン達は召喚された由井達を索敵対象に入れていた。
ケンキモン達がヴァルを狙ったのも当然である。


「結局俺達お尋ね者扱いか」

「心配するなよ、ココロには俺が付いているぜ」

「サンキュー、ネッ君……頼りになるぜ」


召喚された由井達にとっては良い迷惑だった。だが、由井達は彼等との戦いをやらねばならない理由がここに来て出来てしまう。
何故かといえばミレニアモンの襲撃の際におそらくではあるが、レジスタンスの本部に居た魔導師たちは皆全滅しているからだ。つまり由井達はレジスタンスの力を使って元の世界に帰ることが出来なくなってしまった。だが、レジスタンスが仕入れた情報の中有益なものがあった。それは彼女達が元の世界帰る、もう一つの方法についてだった。だが、それは確実にこの世界を支配しようとするレギオンとの抗争を避けられないものとする。だが由井達は元の世界へと戻るためにやらねばならなかった。


「……たく、なんて面倒な」

「美音。そう、苛立つな……今はこいつらに着いていくのが得策だ」

「……分かっていますよ」


その方法とはレギオンの本部にあるという異世界へと通じる扉を使用するという方法だった。
レジスタンスの情報によれば、レギオンの大ボスであるミレニアモンもここを通ってこの世界へたどり着き、そしてその扉の力を使い、他の世界をも制圧しようとしているという事である。
眉唾ものの話だったが、今の由井達にはそれしかなかった。
そして、あの邪悪なミレニアモンの事を考えれば譲歩というような形でその扉を使わせてくれることなどは決してないだろう。
この世界に住む者達のためと言えなかったが、由井達は決心する。


「……」

「グダグダだ……本当に……」

「……」

「……何か喋ってくれよ!!寂しいだろ!?」


彼女達は準備を整え、出発することにした。勿論、他のメンバーの事も気になったが何時までも此処に居るわけにもいかない。それに方法は一つしかない。他の子供達が生きているならば、彼等もまた自然とレジスタンスの面々にお世話になる機会が出てくるだろう。そして、たった一つの方法を教えられ、彼等もまた自分達と同じように準備をして、出発するだろう。その時に連絡して合流すれば良いことである。
由井達はそう判断し、此処から旅立つ事を決めた。


「本当にありがと!!泊めてくれるだけじゃなくて食料とか道具とかいたれりつくせりね!!」

「いや、君達は我々の希望だ。これくらいの事しか我々には出来ない」

最初に由井達を発見したレジスタンスの一員であるヤシャモンが深々とお辞儀をして言う。

「いいのよ、私自身あいつに一発ぶちかまさなきゃ気がすまないしね!!」


そんな由井の軽い台詞にヴァルはどうせブチかますのは我なんだろうけど、と内心呟いていたが、由井の突っ込みで再びド突かれて究極体としての威厳を失いたくは無かったので、彼は沈黙を決め込んでいた。
だが、既に旅の荷物を必要満載に持たされたヴァルを見る限りでは威厳もへったくれも無かった。
言及しておけばエクスブイモンネクストとヨウハクも同じ身の上である。

そうして会話も一通り終り、いよいよ出発の時間が来た。


「……ここからこの街道を歩いて一日半の所に次のエリアに向かうエアポートがあります。我々の仲間がそこを管理していますのでレギオンの本部付近までお送りするように連絡を入れておきます」

「分かったわ……それじゃ、“善は急げ”てね!!皆!!行きましょう!!」

由井は高らかにハリセンを掲げて後ろに居る皆に向けて声を上げ。足を上げる。

「……まったく……我を荷物持ち扱いしおって」

「……」

「たく……あースケボーもってくるんだった……」

「それじゃ行くか、ネッ君」

「いいけど少し荷物持ってくんねーかココロ?」

「少し……黙ってくださいよ、五月蝿いんですよ」

「美音……落ち着け」


こうして由井達のメンバーはこの世界での最初の一歩を踏みだした。



その進む道の先に災厄が待ち構えているとも知らずに――――――。


<とぅーびーこんてにゅーど>



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