人々の知らない間で、蠢くものがある。
閉ざされた影の歴史。それらは決して陽光の射す世界に生きる者達に知られることの無い、恐怖の産物。
何も知らずに足を踏み入れ、気付いた時には刻既に遅く。それに呑まれ、巻き込まれ……人々は、そう。その存在を、狂った様に訴えだすのだ。
―――――――怪異の存在、を。
「はぁ……遅くなっちゃったなぁ」
誰も居ない教室の中で、少女はぽつりと呟く。月光に照らされただけの、蛍光灯を点けられていない暗い教室は。成程、確かに“学校の怪談”などを生み出すかのような、原始的な恐怖心を感じ取ることが出来る。
だが――――――それが、何だというのであろうか?
所詮は迷信。恐怖心から生まれるだけの錯覚。数十年も前から色々な怪異の目撃談が数十数万とあるのに、未だに何一つとして決定的な証明が出来ていないのが良い例だ。なんて馬鹿馬鹿しいんだろう、だなんて考えながら。川原七奈(かわはら
なな)は、図書委員の仕事を終え、帰り支度を始めることにした。
忙しくて、親は今日も家に帰ってこない。何ともいえない寂しさが、胸の中で蟠る。
現時刻は7時。閉門時間から、既に2時間が経過している。図書室の、先生に付き合わされての仕事は忙しい。これだけの時間がかかることも、決して珍しくは無かった。今日の分担はオカルト・ホラー関係の棚。新しく置かれたモノは“第四解剖室”や“震える血”、“屍喰教典儀”等……小学生が読むには難し過ぎる本ばかりだった。教師向きとして、置かれているのかもしれない。
「窓の鍵締め――――よしっ、蛍光灯――――よしっ、蘭咲さんの机の中――――よしっ、完璧」
同じクラスに居る変わった生徒の顔を思い浮かばせながら、教室の鍵を閉め、そのまま職員室へと向かう。
―――――蘭咲美音。持ち帰るべき筈の教科書類は全て机の中。携帯電話を平気で授業中に使う。そもそも読書や睡眠ばかりでまともに授業を受けない。極め付けに、飽きたら何食わぬ顔で早退。
入学当初は異常なまでの激情家で、からかってきた生徒に病院へ行かせるほどの怪我を負わせて問題になった彼女だが。5年経ち、まるで別人に見えるぐらいに大人しくなった今の彼女は、別の意味で問題であろう。
真面目な七奈にとって、何より許せないのが―――――その、成績の良さだ。実施されるテストの殆どが90点以上、運動神経も平均値より優れている。勝てるものと言えば……英語、美術、技術の授業。給食の早食い、雑巾掛けのスピード。そして、身長と胸の大きさぐらいか。それでも、何だか悔しいものがある。
たん、たん、たん、たん……
暗い廊下に、上履きの鳴り散らす妙な足音だけが響き渡る。廊下は幅広く作られているが、其れ故か誰も居ないと寂しいものがある。1年生達の図工の時間に作り上げた力作の絵――――――恐らく、1・2年合同で先々週に行われた遠足か何かがテーマなのであろうものが、きっちりと並べられ展示されている壁際。月光に照らされる、稚拙な腕前で描き出された情景の数々は、何故か不気味なものを感じた。
「ばっかみたい」
自分自身に生じた不安を取り払うため、吐き棄てる。
何だかんだと考えたところで、所詮は眼に見えるものが全て。そう、無駄な雑念など棄ててしまえばいいのだ。
そう言い聞かせながら、歩こうとして。
――――――景色が歪むのを、その目に灼き付ける。
「えっ……」
硝子が砕けるかのような音が、耳を劈く。
何が起きたのか、ということを考えるよりも先に、反射的な速度で窓硝子のある方向へと振り向く。しかし、窓硝子にこれといった変化は、特に無い。
問題なのは、窓硝子の向こうの景色―――――即ち、外。自身が迷信だと疑わなかった、非現実的な現象。それが今、目の前で……まるで夢でも見ているかのように展開している。
空間が罅割れ、その向こう側に漆黒の空間がぽっかりと浮かんでいた。そこから、ゆっくりと何かが這いずり出て来ようとする。光沢を帯びた甲殻に包まれた、蟲の様な腕。ご丁寧に、その先端は人の身長をあっさりと越えるサイズの鎌。蟷螂のような、それでも象よりも大きいのであろうそれは、紛れも無くコノ世ノモノデハ無イ何カ。
「グゥヮヮヮヮヮヮヮヮ……」
「いっ、いや……」
それが発したのであろう唸りを聞いて、真っ先に七奈の心中に湧き出たモノは、純粋な恐怖心。本能が、逃げろと体中の細胞に危険信号を発する。そして、戦意を沸かすことも無く、七奈は全身の筋肉を総動員にして、全力で逃げ出した。
幻聴なのかどうかは知らないが。何時の間にか、耳にノイズのような物まで響き渡ってきた。それすらもが恐怖の対象となり、走ってはいけないと散々教えられてきた廊下を、全力で走る。しかし、その足は何故だか重く。まるで水の中を走るかのように、徐々に足が動かなくなっていく。
そして、遂には立ち止まり、膝を突く。
「何で……!?」
激しいノイズに苛まれながら、七奈は必死に自分の足を見る――――――ことが、出来ない。首すらも、動かない。気付けば体中が、まるで石像にでもなったかのように動かなくなっていた。ただ、心臓がばくばくと驚異的な速度で鼓動している。
背後から、大重量の肉塊を叩き付けるかのような、生々しい足音が憎いほどクリアに聴こえる。呼吸すら満足に出来ない状況下で、七奈は意識が次第に薄れていくのがはっきりと感じ取れた。恐怖と戦慄により、自己防衛として意識の喪失/五感の遮断を無意識下の内に選択したのだ。
闇に呑まれる意識の中。
七奈は、最後にそれの全貌を見た。
黒銀に煌く甲殻。
死鎌。鋏顎。棘尾。魔翅。
そして、その三つに別れた黄色い唾液を垂らす口内から、自身に向かって吐き出された……白い網目状の糸。
全てが、遮断される――――――
Re/call 〜Emerald〜
第拾漆話 『迷い -Punish the Monster-』
あれから、何だかんだで一週間が経過した。
身体の怪我はまだまだ完治には至らないけれど、それでも最早痛みは感じられない。本当に痛みが引いたのか、それともただ単に痛覚が麻痺してしまったのかは理解らないが。兎にも角にも、非常に過ごし易い状態である。
「あっ、その下着かわいいねー♪」
「パルコで売ってたんだよっ」
結局のところ、私が視た光景、あの忌々しい黒い森が何だったのか。それは、未だにハッキリとしない。あの戦闘後、無惨な跡地へ急行してきたパトカーの中で……戦闘要員として宛てられていたのであろう璃麻さんに相談をしてみたが、数時間経って出された答えは酷く不明瞭なものであった。
精神のみで発生した、空間転移。
心理状態、環境下から偶発的に発生する、デジヴァイスの一種の機能。実のところ、デジヴァイスは肝心の核となる部分が完全なブラックボックスになっており、その機能や動力源を把握し切るのは無理、とのことだ。そのことについては、納得の行くものがある。
何故、テイマーの感情で力が発動するのか。
何故、放たれる光はデジモンを進化させられるのか。
解析出来た部分が多数あるとはいえ、その実体は水晶髑髏やカブレラストーン、ヴォイニッチ写本と言った様なオーパーツに近いものなのであろう。
「いいなぁ……ねぇねぇ、また胸おっきくなったでしょ?」
「そんなこと……って、きゃっ!ちょっと、触っちゃ……」
マリさんの属しているという、セレーネ・コンチェルトはどうなのだろう?デジモンに関しては最も深く携わっている組織、とのことだから、デジヴァイスを提供すれば何か一つや二つ、新しい発見があるのでは無いだろうか。
今度会ったときにでも、聞いてみよう。
「はぁっ……んっ、やぁぁん……」
「柔らかいなぁ……ちょっとジェラシィだよぅ」
「ちょっと!嫌がってるでしょ!」
…………。
「はいはい、皆さん、次の時間が体育だということを忘れたの?測定し終えた子から、静かに着替えて校庭に出ていなさい」
「次、蘭咲美音さん」
…………、…………。
「はい」
周りが五月蠅くて、考え事に集中が出来なくて。複雑な心境のまま、白衣の女医の前に立つ私。体育着を脱いで、上半身がシャツ一枚だけの姿になる。暖房が効いているから、思ったよりは寒くない。
この日のためだけに呼び出されたのであろう、見知らぬ女医は。流れるような手つきで、私の胸にメジャーを巻き付けた。くそっ、何だかじれったくて不愉快な感触だ。
「えーっと……71.8cm」
「ありがとうございました」
結果は、予想通り……平均値を少々下回るような小さいサイズだった。さらさらと数値を記入欄に書かれた後、記録カードを先生から受け取ってその場から離れる。我が校は、未だに男女共々胸囲を測っている学校だ。何でも、これは校長の趣味だからだの体育教師が触れてはいけない危険な人種だのこれを見なければ寝られない親が居るだの、様々な仮説が立てられているのだが……真相は、不明だ。っつか知りたくもねぇ。
「……あ、あはは……あたしも、少ししか大きくなってないや」
「しかし、運動をする際に乳房が大きいと邪魔になるのでは無いでしょうか?その点を踏まえれば、この数値は理想的なものだと思いますけどね」
「……そーやってキレーに割り切れる美音がうらやましーよ、あたしは……」
体操着姿で、悠玖と一緒に外へ出る。校庭を見る限りでは、今日の体育はハードル走をやるようだ。通常通りの準備運動に加え、互いに背を合わせてのストレッチ。身長も体重もそんなに差が無いから、悠玖と組むのは非常に楽だ。それに、親友同士である筈の為、やる気も上がるというもの。何とも効率的だ。
「ねぇ……七奈ちゃん、どうしちゃったのかな」
開脚前屈をしている時、背中を軽く押している悠玖がぽつりと私に呟いた。七奈ちゃん、というのは同じクラスで図書委員を務めている川原さんのことだ。非常に真面目で、周囲からの評価も宜しい彼女だが、今日は珍しく朝から学校に来ていない。サボり、なんてことは無いと思うんだが……。
「連絡が入っているのではないですか?」
「……もー、美音ってば朝の会の時も寝てたの?先生、連絡入ってないっていってたじゃんかぁ」
「妙ですね……普通、親が連絡するものでは?」
「奈々ちゃん家、おじさんもおばさんも忙しくて中々家に帰って来れないんだよ」
……何だろう。他人事の筈なのに、胸騒ぎがする。
言葉では言い表せない、霧の様に霞んでいる不吉な予感。
そう、これは酷く不鮮明でまるっきり根拠も無く、それで居て最も頼ることの出来る第6感……勘によるものだ。
何気なく、外から校舎を見つめる。
使われていない教室、その薄暗さを窓の外より覗き……何故なのかは本当に知らないのだが、微かな焦燥に囚われる。考えたくも無いが、学校にデジモンが居る――――だなんてケースも、在り得ないわけじゃない……。改めて……確証があるわけでは、ない。しかし、妙に嫌な気配が背中に纏わりついて離れない。もしこの感覚を、正しいものと認識するのであれば―――――――
「ねぇ、ちょっと……美音!?」
「! はっ、はい?」
ふと隣から聴こえてきた、鼓膜を震わす大音量。考えを思考の隅に置き去りにして振り返ってみれば、其処には不安げな表情で私を見つめる悠玖の姿があった。いけない、すっかり考え込んでしまったようだ。慌てて何でもないことを伝えようとして……ぬっ、と掌が迫り、思わず息が詰る。そのまま暖かい悠玖の掌が、額に密着した。
「……んー、熱は無い……よねっ」
「……悠玖……?」
「ホントに……最近の美音、変だよ……!?」
少しだけ、力の篭った聲。……親友同士だから、多少の変化にも敏感に気付くものなのかもしれないが。そういう要素を抜いても、悠玖は本当に察しが鋭いと思う。
でも、それを答えるわけにはいかない。私の現状を教えるわけにはいかない。悠玖は、悠玖だけは巻き込みたくないのだ。こんな、死ぬかもしれないような戦いに関わらせるなんて……私にはとても、出来たものではない。
「悩み事が、ちょっと多いだけですよ」
「……っ」
「ちょっと、ね……」
……そうだ。巻き込むわけには、いかない。
こんなことに巻き込まれるのは、私だけで十分だ。
心配しないで下さいね、と笑顔で言いたかったのだけれど。悠玖の、泣いてしまうのではないか、と思えるぐらいに心配そうな顔の前では、そんなことは出来なかった。誤魔化せる自信が、全く湧いて来ないのだ。その視線に耐えられず、ただただ眼を背けてしまう。
「美音……」
こんな思い、何時まで続けなければならないのだろう?
罪悪感。そう、とてつもない罪悪感。心配してくれる人が居るのに、その人にそのことを話せないのだ。
《夜刻》
「この戦いが何時まで続くかという問題だな」
「……全く、検討は無いんですよね?」
「ああ。今はまだ、な」
街灯の光によって明るさを得る夜道を、Bアグモンと一緒に歩く。こんな夜中に何故そんなことをしているのか、と言われれば……学校へ、行くためである。昼間に感じた不安な感覚が、どうも静まらないのだ。それを確かめるためにも、Bアグモンと一緒にこうして学校へ向かっている。
この街は、昼間こそそれなりの賑わいに包まれているが、夜中はそんな賑わいなど一切存在し得ない。殆どの店が閉まり、唯一開いているコンビニは、窓から覗けば店員が憂鬱そうな表情でぼんやりとレジに立ち尽くしているだけ。これだけ静まり返っていれば人に出会うことは無さそうだが、一応Bアグモンにはレインコートを被せて、ある程度のカモフラージュを利かせている。ばれない、筈。うん、信じよう。
今話していたことは、昼間での悠玖とのやりとりについて。弱音を吐いていることと何ら変わりないであろう悩み事に対して、Bアグモンは厭な顔一つせず、ずっと聞いてくれた。そのことに、酷く安堵感を覚える。……何だかんだ言って、結局……私は、まだどこかで“今ある状況を放棄し、元の日常に帰りたい”、等と。そんな、無理なことを思っているのだ。
本当に、何を馬鹿げたことを考えているんだろう。
蘭咲美音。お前は、見てしまったものから逃げ出せるほど――――――器用な人間では、無いくせに。
「このことに巻き込まれたのは」
「?」
「全部が全部、悪いことだったか?お前にとってな」
――――――っ。
立ち止まって、Bアグモンの瞳を見つめる。Bアグモンも立ち止まり、ジッと私を見つめ返す。Bアグモンの口からこんな質問が出てくるとは、全く予想出来なかった。
ふむ。この戦いに巻き込まれたからこそ、得た物だってあるわけだ。何も決して、悪いことだけというわけではない。少なくとも、Bアグモンが家に来てからは……充実感にも似たものが、私の中で満ちている。この充実感が何なのかは、私にはわからないのだけれど。
「……?どうしたんだ、顔が赤いぞ?」
「えっ?」
眼前に、Bアグモンの顔がぬっ、と広がった。別になんてこと無い行動をされているだけなのに、何故なのか解からないが、心拍数が異様なリズムへと変貌する。
それと同時に、何だか莫迦みたいに体温が上がっているかのような、ぼーっとした感覚が付き纏って来る。吐く息がまるで廃熱しているみたいで、何だか自分自身で非常に不気味に感じて…………
何なのだろう?この変な感覚は。
「べ、べべ……別に何てこと無いデスヨ?」
「そうか?」
思わず、慌てて彼から顔を背けてしまう……って、ちょっと待て。何で、慌てる必要があるのだろうか。何故顔を背ける必要がある?さっきから何なんだ、私は。自分の行動が何とも理解し難い。ああ、くそっ………………ええい、何なんだよもう!?
「はっ、早く行きましょう!」
「???」
自分自身が、理解らない。
それは、少しだけ……怖く感じられることで。知らない感覚に囚われているのが、物凄く怖く感じられることで。
でも、その怖さは戦いの中で滲み出る恐怖とはまた違うもので……。一週間前、森の中であのデジモンのぬめぬめとした触手に絡み付かれた時。あの時とは、何だか方向性が致命的に違う。それが、全然全く理解らない。
悠玖を誤魔化し続けることへの不安と罪悪感、この戦いが何時まで続くのかということへの疑問と焦燥、見過ごせる程器用にはなれない自身への苛立ちと侮蔑、そして……この、わけの理解らない感覚への困惑と恐怖。私という人間は、こんなにも脆弱に出来ていたのか。こんな、硝子にも満たない脆さで――――――
「……!?おい、美音っ!」
「へっ……? きゃぁっ!?」
ガツン。
正に、そんな効果音を鳴らしながら。気付けば私は、居酒屋か何かの看板に正面からぶつかっていた。割かし速めに歩いていたため、衝撃は結構なものとなっていたらしく……思い切り尻餅を突いてしまう。案の定、額から血が流れるのが感じ取れた。畜生、痛い。
「さっきから………変だぞ?」
「……御免なさい、少し考え事をしていて……」
「…………そう、か……」
Bアグモンにまで心配そうな眼を向けられる。
本当に、どうしてしまったのだろう。精神的に、そんなにも不安定な状態にでもあるのであろうか。ごちゃごちゃとする思考を何とか振り切って、私は歩く。Bアグモンが、慌てて後ろから付いて来るのが理解る。
抑えた額からは、暫く血が流れ続けていた。
《異刻》
「美音」
「これは……」
意識を切り替え、脳髄を冷水に浸す感覚。思考回路が限り無くクリアな状態に切り替わる。そう、戦うには絶好とも言えるべきコンディション状態。
目の前に広がるは、夜闇の中で月光に照らされる、我が母校たる海鈴学園小学校。私達はその、閉じられた正門の前に並んで佇んでいる。学校は今、昼とは豹変した――――――邪悪とも取れる闇の気配に覆われている。魔に、蹂躙されているのだ。
この正体が理解らない私ではない。異形の領域に踏み込んでしまったのだ、最早、馴染みの深いものである。全身を貫く悪寒、アドレナリンが滲み出るかのような濃密な殺気。そうだ、この学校のどこかに――――デジモンが、居る。昼に感じたものは、成程……事実となってしまったらしい。
「こんなになっていただなんて……」
「夜は絶好の活動時間だからな……気を付けろ」
レインコートを脱ぎ捨て、Bアグモンが前方に一歩踏み出す。それと同時、気配がより一層濃密なものへと変化した。……どうやら、この学校の何処かで私達のことを捕捉している様だ。
面白い。掛かって来るのなら、掛かって来い……と、まぁこんなことを考えてあっさり出てきてくれればそれに越したことは無いのだが。そういうわけにも行かない。
内部に入り、直接見つけ出すしかない。
向こう側も、どうせ逃げる気など無いのであろう。待ち構え、向かってきたら、討つ。そんなところであろうか。
デジヴァイスに、これといって反応は示されない。しかし、だからと言って“居ない”、という結論が導き出される筈が無い。
眼を、閉じる。
意識を集中し、精神を精練する。
殺意に包まれた空間、しかしその中でも最も気配の強い場所を、第6感を全開にして探り出す。そう、身体をダウジング代わりにするのだ。気配の強くなる方向へ、進んで行けば良いだけの事。何も、難しいわけではない。問題は―――――――如何にして、倒すのか。そこだけだ。
「行きます」
「ああ」
後ろへ下がり、充分な距離を取る。
伸縮式の門扉は大体2mほどの全高でそんなに高いわけも無いので、工夫すれば幾らでも通過出来るようなものである。しっかりと屈伸し、脚の筋肉を解してから――――――私は、一気に駆けた。
ギリギリまで距離を縮めた所で、思い切り地を蹴って跳躍する。そのまま飛び越えられる程、上がりはしなかったのだけれど。門の縁に手を付き、そのまま倒立をするようにして体を回転、一気に通り越して着地する。
一方のBアグモンは、扉に背を向けた状態で後方に跳躍し、それと同時に地面に向けて火炎弾を放つ。地面で爆裂した火炎弾によって生じる微かな爆風と衝撃波を浴び、Bアグモンの体が大きく放物線を描いて門を飛び越した。そのまま、すたっ……と華麗に着地する。
「…………」
生徒玄関はどうせ締まっている。校内にまだ用務員の方が居る、と言う事を踏まえて職員玄関から入るのが望ましいのだが……まだ、学校に誰か“無事”で居る――――――そんな状況は、どうにも想像し難いものであった。
まだ確認こそしていないものの、川原さんに至っても。デジモンが関わった、と考えた方が良い。その場合において、彼女が果たして無事なのかどうかが酷く不安なのだが……そんなことは考えていても仕方が無い、先に討たなければ新たな被害が出てしまう。決して喰われてなど居ない、ということを信じて……私達は、夜の校舎に足を踏み入れる。
「!!」
校舎に足を踏み入れた途端、吐き気を催す違和感が一瞬だけ体中に纏わりついた。もうここは、私たちの知っている学校では無い。デジモンによって支配される、闇に満ちた魔の巣窟。私は、デジヴァイスをしっかりと左手に握った。一瞬だけボディに光のラインが迸り、画面が淡く輝く蒼の光を薄らと放つ。……何時でも進化することが出来る、という合図らしい。
隣に居るBアグモンを、見やる。前方に広がる暗闇を睨んでいたが、私が見つめていることに気付くと、そっと見つめ返してきた。そのまま、こくんと頷く。
私達は、揃って歩き出した。
討伐、開始――――――。
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