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D:∀
#0




 それまではいつも鮮やかな蒼を描いていた空が、しかし今日だけは明朝の金色も黄昏の朱色も描くことなく、まるでべっとりと塗られた血色で何処までも塗り潰されている。重油のように赤黒い雲々が紅天と重なりアラベスク模様を描き、それらを引き裂くかのように幾重にも及んで轟き渡る霹靂が、悪夢の様な光景を一掃悲劇的な物へと掻き立てていた。

 それは、逢魔ヶ刻(オウマガドキ)の空――――――――古き時代より、大きな禍殃の訪れを知らせる天啓。ある時は魔が降り立ち人を攫い、ある時は大火事が起きて稲穂を焼き払い、ある時は国が戦で血塗れると伝承されてきた、恐怖の象徴。だが、喩え天が血色に染まり、この国に大きな災いが訪れようとも……そこから生まれる悲しみや怒り、憎しみを全て乗り越えて新たにやり直していかなければならないと。嘗て国王が唱えたその言葉を、そしてその言葉通りに今まで生き抜いてきたことを、今になって人々は呆然と思い返すのであった。全てを、乗り越える…………今現在押し寄せてくる圧倒的な脅威を、乗り越えなければならない。―――――――――言葉と経験だけではどうしても覆せない現実を目の当たりにして、人々の心に芽生え始めたのは拭うことの出来ない絶望だった。





「ままぁ、怖いよぅ!」

「大丈夫、大丈夫よ……!ママが、護ってあげるからね!」


 変わり果てた街並みを眺める子供が泣き喚き、そんな愛する我が子を抱き締める母親は、上空を飛び交う無数の翼に怒りと哀しみを孕んだ視線を向けた。
突然の、警告も無いままの一方的な戦争行為。その烽火となったのは、空から降り注いだ幾千もの火種だった。たったの十数体のデジモンによる攻撃は、しかし瞬く間に何百何千もの命を根こそぎ奪い取り、反撃の兆しを見せぬまま国は成す術も無くただ焔の海へと化していた。

 翼を備え全身にモスグリーンの装甲を纏った鳥型―――――――翼竜・プテラノモンの群集は、眼下の街並みを見下ろしては翼部に備え付けられたコンテナから無数の爆弾を吐き出す。広域を制圧するために威力を代償とした集束爆弾と呼ばれるその代物は、垂直に落とされた直後に数百の小型子弾となって広範囲に散布された後、着火点を中心に小規模の爆発を起こす。その国とは年代がえらく不釣合いなその兵器は、しかしまともな防御手段を持たない人々や民家、そして彼らの育んで来た稲穂を灼き滅ぼすには充分過ぎる威力を誇っていた。長年に渡って積み上げられてきた産物が、紅蓮の焔に飲み込まれ目の前で灰になってゆく。ある者はただ只管に嘆き、ある者は憎しみを空へと向け。中には、焔の中へと自ら呑まれ絶命する者や、目の前の絶望から逃れるために発狂し、喉が枯れるまで笑い続ける者も居た。

滅び逝く最愛の国を眺めながら、母は子を抱き締めながら只管に願う。
子もまた、唯一自身を護ってくれるのであろう母に抱かれながら必死に願う。


―--――――――――神様。どうか、どうか私達をお助け下さい。


しかし、そんな願いとは裏腹に。悪魔の虐殺行為は、果てなく続いていく。
焔の海から聞こえてくる、幾重にも重ねられた不協和音。それは、命が最期に奏でる哀しき旋律。
――――――それは、代々より王国を護り続けた威厳に満ちた屈強たる騎士達。彼らの、耳を劈く悲痛な断末魔だった。









「くっ、何て速さだ」

「怯むな!なんとしてもこいつを……ぐお!」


 また、一体。
重圧な鎧を身に纏う戦士型デジモン、ナイトモンの胴体が無骨な槍に貫かれ、まるで爆発でもしたかのように内包したデータを粒子状に崩壊、放出させながら絶命する。圧倒的な物量差に頼って決して逃げようとしない騎士達を前にして、しかしそれすらも一蹴するほどの圧倒的戦力差を誇る侵略の魔手は止まらない。鈍色の鎧に身を包んだ奪略者は素早く得物の槍を引き抜くと、立て続けに周囲で慌てふためく数体の同種を同じように一体ずつ、一撃で仕留めていく。闇紺の外套が翻る度、防衛陣はその戦力を一体分、二体分と徐々に数を減らしていく。


「砲の準備が整いました!」

「そうか!いいなお前達、陣形を変更するぞ!」


 遠方に設けられた防壁、そしてその防衛の要である切り札の蓋が開かれたことを知った途端、侵略者を囲む者達の動きが変化する。同僚を刺し貫いたその瞬間を狙い、重装の騎士達が自らの得物である超重の大剣、ベルセルクソードを背に収めながらその痩躯に一斉に群がった。
槍を引き抜くまでの、僅かなタイムラグ。しかしそれをナイトモン達は見逃さない。侵略者がすり抜けるよりも早く、その脚部に四体がしがみ付き、得物の槍に収まった右腕、円形の巨大な盾に納まった左腕をそれぞれ二体ずつが力の限り抑え込み、極め付けに背後から最後の一体が羽交い絞めにする。
流石の侵略者も重量級デジモン九体の総重量の前には成す術が無いらしく、あっけなくその胸部を大きく曝け出しながら大砲群の格好の的となってしまった。


「今だ!撃ち方、始めッ!!」


 その場を指揮していた一体が天高く掲げたベルセルクソードを振り下ろすと共に、十数の砲口が動けずにいる侵略者に向けて一斉に爆炎と共に砲弾を吐き出した。一発目が侵略者の胸部に吸い込まれるのを最後に、盛大な爆音を残して皆の視界が灰煙に包まれる。立て続けに何発もの砲弾が爆ぜる音。これだけの砲弾を浴びながらその命を保てた者は、誰一人としていない。少なくとも、今までは。
侵略者に組み付いた者達もまた、無事ではすまなかった。衝撃が身体に迸るたび、鎧が罅割れ砕け、体中に鈍い痛みが廻り始める。決死の覚悟だった故に、死を恐れたりはしない。だからこそ、幾ら身体に激痛が迸ろうとも、決して拘束を開放することは無かった。


「撃ち方、やめ!!」


 そんな状態が大よそ数十秒続き、発射時と同じように一斉にその爆音が静まる。その周囲に居た者達が、背後より再度ベルセルクソードを引き抜きながら、砲弾の的となり無惨な姿に成り果てているであろう侵略者の姿が浮かび上がるまで、灰煙が薄れるのを待つ。それは未だに組み伏せている者達も同じだった。既に力は抜けているようだが、それでも今宵の敵はこれだけの砲弾を浴びながらも未だ四肢が繋がっている。だが恐らくはその鎧に大穴が開いているはずだ。もし斃しきれていなかったとしても、周囲の連中がトドメを刺してくれる筈であろう。

そう信じ込んだ矢先、しかし灰煙が晴れ上がり視界に映りこんだ物は―――――――――


「むっ……無傷、だと!?」

「そんな馬鹿な……!」


 あれだけの砲弾の雨に曝されながら、しかし侵略者の纏う鈍色の鋼には一切の亀裂が入っていない。僅かな煤が付着しているだけだった。予想だにしなかった状況下に、それまでは極めて冷静だった兵達の中に、初めて混乱が生じる。そして、今度は侵略者がそれを見逃さなかった。
結局、未だ動けない状況下に変わりは無い。だが、それは所詮些細な問題に過ぎなかった。動けないのであれば、動けるように状況を動かせば良いだけのこと。つまり、体中に纏わり付く雑兵たちを纏めて駆逐すれば何ら問題無かった。思考が結論に達した時、侵略者の得物……槍と盾に、漆黒の稲妻が迸り始めた。続いて、濃密な邪気がその得物へと収縮されていく。

 反応する暇は、無かった。何が起こったのかを認識することも儘ならず―――――――――槍と盾から放たれた漆黒の波動が周囲で構えていた者達を一撃の下に砕き葬り去り、その必殺の発動時に生じた衝撃波で、侵略者に組み付いていた者達が風に飛ばされる紙片の如く軽々と吹き飛ばされていた。


「ぐっ……あぁ?!」


 侵略者の魔手は、止まらない。
晴れて身体の自由を取り戻した鈍色の騎士は、まるで鬱憤を晴らすかのように怯みかけた騎士達に向けて、何度も得物から波動を放つ。切り札たる砲弾ですら、比較にならない程の威力だった。その波動に触れる度に重厚な鎧はガラス細工の如く砕け散り、それを纏っていた者は何が起きたかも把握出来ないまま、一方的にあの世へと送られる。先程までは少しずつ減り続けていた騎士団の数が、しかし急激に削ぎ落とされていく。兵士達の脳裏に、初めて圧倒的な恐怖が芽生え始める。

ふと、その内の一体が防壁からの援護を期待して背後を振り向き―――――――――しかし、其処へと伸びていく二筋の光の槍を、その眸に灼き付けた。だが、それだけのことだった。その光景が意味する物を把握する間もないまま、彼もまた次の瞬間には漆黒の波動に体中を粉微塵に砕かれていた。








「あれ?……は、外したのか?」

「違う、効いてないんだ!くそう、化け物め!」

「砲を放て!諦めるな、なんとしても墜とすんだ!」


 厚い構造を持ち未だに侵略を赦さぬ防壁は、今までの戦よりも更に慌しかった。次々と砲弾が運び込まれ、その間にも上空を飛び交うプテラノモン達に向けて弩兵が矢を、ウィザーモンやウィッチモンなどの魔法を使うデジモンが己の極めた魔技の光を幾重にも放つ。だが、その程度の武装で空中戦闘をモットーとする彼らを撃墜するということが、素手で鳥を狩ることよりもずっと困難なことであるということに気付く者は居ない。実際に放たれた矢や装填された砲弾、魔法によって生み出された氷塊や火炎、雷が彼らの身体を貫く光景は未だに展開されず。そうしている間にも、鋼の猛禽達は次々と爆弾を地上へ落として行く。
先程から地上を援護していた砲撃手達もまた、先程から眼下で騎士団の戦力を一方的に削ぎ落としていく鈍色の騎士へと順次再装填した砲弾を当てようとするも、拘束から開放された彼の機動力を捉えることが出来ず、抵抗すら儘ならないまま命朽ち果ててゆく仲間達の姿に、苦悶の表情を浮かべていた。最も、砲弾を当てたところで先程の様子を見る限りでは焼け石に水も同然なのであろうが。


「空中迎撃騎士団、出撃の準備が整いました!」

「よし、出撃させろ!あの蚊トンボどもを倒すぞ!」


 対空戦力――――――――ユニモンやメイルドラモン、アクィラモンを筆頭とした国中の飛行デジモン達と、それに跨り戦う弩兵や魔法使い達のコンビネーションからなる騎士団だ。しかし、空中の敵を専門としてきた彼らだからこそ、その戦力差が圧倒的であることを知る。鳥よりも軽やかな軌道で飛行するプテラノモン達は、それまでの敵達とはレベルどころか次元すら違って見えた。音速の壁を突き抜ける彼らに追いつけるだけの攻撃手段を持ち合わせていない手前、勝算も何もあったものではない。だが、これ以上侵略者達を好き放題に暴れさせていたら、本当に国が終わってしまう。彼らが自ら死に場所へ向かってでも足掻こうと決意したのは、そんな騎士としての誇りと使命感によるものだった。


「ようしお前達、俺達の底力を見せ付けてやるぞ!」

「「「おおおおおおおおお!!」」」


 志を同じくした者達の団結力は、何よりも堅い。各々の翼が大きく広がり、勇ましく羽撃きながらその躯を一気に空中へと曝け出す。自らの領域に障害物が入り込んだことを察知し、プテラノモン達もまたその標的を一斉に地上から彼らへと切り替えた。感情の無い、紅く光る目が不気味に彼らを捉える。
そのことに僅かな恐怖を抱きながらも、しかしその躯が震えることは無い。―――――――――それよりも恐ろしい、死という名の終わりへ自ら突き進んでいくのだから。

しかし、そんな彼らを前にして。プテラノモンの動きが、更に切り替わった。
不意に、各々がコンテナ内の爆弾を全て落としきってから、デッドウェイトになりかねない空のコンテナその物も強制排除。そして身軽になった途端ピッチアップを開始し、急上昇を始めたのだ。1000、2000、4000、8000、10000……あっという間に、信じられないほどの高度へとその身を昇らせていく。何を考えているのかは理解らないが、高度の限界が大よそ3000m程度であった彼らの常識の範疇を軽く秀逸するその性能に、掻き集めたばかりの決意が早くもひび割れそうになる。


「くっ、くそ……俺達を愚弄する気か!」

「おい、何だあれは……!?」


 呆然と呟く一人の兵の言葉に、成す術も無く滞空し続けてきた彼らが国の周りに広がる荒野……その果ての一角が、紅く輝いていることに気が付く。まるで蜃気楼のようにゆらゆらと揺れるそれが何なのかも理解ら無いまま、しかしその次の瞬間には―――――――――その紅い蜃気楼から、あまりにも巨大な二筋の紅い光の槍が、急速に此方へと伸びてきた。状況を把握することも儘ならないまま、多くの者が本能的にそれは極めて危険な物であると察知、無意識下で自ら回避行動を取っていく。しかし、同時に迸る熱波が避けられた者の更に数割を行動不能に陥れ、反応が多少遅れた者は避けきれずにその光に呑み込まれ、肉の一片たりともの越さずに文字通り消滅した。


「なっ……何……」


 事態を読み込めずに呆然とする彼らを尻目に、更に伸び続ける光の槍が静かにその軌道を下へ下へと向けていく。その先にあるもの……先程まで彼らが忙しく準備をしていた防壁。今も尚多くの者達が戦い続けている其処に光が触れた途端、その場は一気に地獄と化した。
大砲の数々が砲撃手らと共に光の中へと飲まれ、長年に渡って国を護り続けてきた堅牢な筈の厚い壁が、まるでその歴史が嘘だったかのようにぼろぼろと崩れ落ちていく。最後に恐らくは倉庫内の火薬と燃料に火が付いてしまったのであろう、光の槍が消滅する頃には倉庫から発生した盛大な爆発と共に、守りの要であった防壁の半分が、一気に崩壊した。


「馬鹿な……何だ、何なんだ今のは!?」

「くっそぉぉおお……がっ、ぐぉぁっ?!」

「おい、どうしt……ぐぎゃああ!」


 混乱するデジモン達と、その上に跨った人間達。両者を捉え続ける錯乱も、次の瞬間には完全な恐怖と成り果てた。一つ、また一つと仲間達が上空から降り注ぐ黒い影に引き裂かれ、血肉とデータの残滓を撒き散らしながら醜悪な肉塊が地上へと墜ちていく。その影の正体を見破ろうと空を見上げた者と、彼の跨っていたデジモンが血祭りにあげられた瞬間、彼らは迫り来る死神の姿を漸く理解することになる。


「あっ……あいつらぁ……!!があっ!!!」


 その正体は、先程急上昇をして彼らの目の前から姿を消していたプテラノモンの群れ。防壁を壊滅させた2つの光の槍……否、レーザー光の攻撃に錯乱したその隙を付いて、急降下して攻撃を仕掛けてきたのだ。ただの体当たり攻撃は、しかし搭載されたエンジンによる加速を得たことで爆発的に増幅する苛烈な落下速度、そして頭部を覆うアーマーの先端に備わった鋭い衝角状の嘴を融合させることにより、立ちはだかる障害を全て引き裂く凶悪な狂槍となる。しかしそれ程の技術を持たぬ故、そんな理論は彼らの理解を圧倒的に超えていた。反撃すら出来ないまま、空中戦力が急激に削り落とされていく。


「こ、こんなの……!認めて、たまる……があ゛あ゛ぁ゛ぁぁあああああ!!!!!」


 悔し涙を流す兵と、彼の跨っていたユニモンの断末魔を最後に。騎士団は、一人たりとも残らずに命を根こそぎ駆り落とされ、地へと墜とされていた。命の灯火が消え行く最後に聴覚を侵食するプテラノモン達の鳴き声は、彼らに捧げられる鎮魂歌か、はたまた無様な愚者への嘲笑か―――――――――。







 空と同じように、地もまた地獄絵図を描いていた。
積み上げられてきた文明を嘲嗤うかのごとく、轟々と燃え盛る焔に照らされる――――――――屍山血河の光景。屈強な英兵と謳われた騎士達は、その堅牢な鎧に迸る裂け跡から血塗れた臓腑を曝け出し。そんな騎士達を謳い支え続けてきた非力な民衆達は、逃げ惑うごとに天より降り注ぐ爆光によって粉微塵に吹き飛ばされ。そんな彼ら、数少ない人間達と共に生き、共に戦い続けてきたデジモン達が、圧倒的暴威の前に無力な光の粒となって空へと堕ちて逝く。か弱き命を踏み躙り、嘲笑う侵略者。絶望と恐怖に呑まれ、足掻く事すら儘ならず命散らす罪無き弱者達。両者に挟まれながら、一つの国(セカイ)が、灰燼へと化していく。


「ええい、怯むな!」


 そんな中でも、未だ残されていると信じて止まない僅かな希望に縋り付こうとし、嘗ては同胞であった者達の骸を踏み越えて剣/杖/槍/斧/盾/弓/その他諸々、己が極めた得物を構える者達がいる。幾多にも渡ってこの国も戦に呑まれてきたが、その度に彼ら騎士達の力でその虚しき血の川を喰い止めるに至っている。彼らの前方に燃え広がる、悪鬼の吐き出した焔の海。その焔の中より現れる、この血生臭い場所とは酷く不釣合いで、それ故酷く滑稽な……儚げな矮躯の姿を視認して、皆が揃えて己が眼を疑った。


「こっ……子供、だと……?」


 幾年も護られ続けていた愛しき街の風景を、紅蓮に染めあげる劫火。それよりも深い鮮血色の髪を靡かせ、一切の光をも通さぬ闇黒を携えた金色の眸に、眼前を塞ぐ障害物≠フ数々をぼんやりと捉えながら。その矮躯……小さな少女が、ゆっくりと彼らに病的なまでに白く細い腕を差し伸べる。その姿が一瞬、ある者には天国へと導く天使の誘いに視え。ある者には、地獄へと陥れる悪鬼の魔手に思えた。どちらにしろ、あまり関係は無い――――――――迸った紅い閃光は、次の瞬間そんな戦士達の四肢をバラバラに引き裂き、苦しみを伴うことなく絶命させていたのだから。


「…………」

「ひっ、ひぃ……!」


 恐らく前方に佇んでいた者が盾になったのであろう。辛うじて、数名がその惨禍から逃れる結果となった。が、瞬時に無惨な姿へと変えられた同胞達を見て、今度こそ完全に戦意を喪失させる。ヒトでは決して理解し得ない限度を超えた原始的な恐怖心の前には、騎士の誇りや勇気など焼け石に注ぐ水にもならない。彼らは懸命だった。その恐怖心に逆らおうとせず、その幼き死神の前から全力で逃げ出すべきだと瞬時に判断を行なっていた。

しかし、それを赦すほど悪魔達は寛容ではなかった。
少女に背を向け、視界を真逆に転換したその瞬間。前方より飛び掛る黒い巨大な影に、最前を走ろうとしていた兵があっけなく押し潰された。朱色に照らされる地面に、穢らわしい惨めな花が咲く。足元で潰れた肉塊を見下ろすこともなく、その古ぼけた電球の様に僅か明滅する紅い瞳が、次の獲物を狙う。


「うっ、うわあぁぁああ!!来るなッ、来るなぁ!!!」


 焔に照らし出され、その影の正体が一匹の黒い竜であることを知る。だがそれは、御伽話で伝えられる姫を攫い街を焦土と化し英雄に刈られるべき悪竜の、鱗を纏い翼を広げる荘厳な姿とは余りにも掛け離れていた。襤褸切れの様な縫い痕だらけの躯にスクラップを貼り付かせたように見えるその姿は、まるで出来損なった人形のようで酷く滑稽だ。だが、そんな姿を笑う者など、その場においては決して存在し得なかった。この竜(ドラゴン)こそが、彼らの命を根こそぎ刈り取る悪魔に他ならない。それを認識した途端、恐怖と絶望に心を貪られた兵達にはその滑稽な姿が酷く恐ろしい屍鬼の姿に見えた。


「ヒッ、たっ……たたたっ、助け……がぁッ!?」

「ギャゥッ!」


 懇願しようとした兵の言葉を切欠に、そのずんぐりとした巨躯が子犬のような鳴き声を発しながら、驚くほど滑らかに動く。あっという間に距離を詰められた一人がその鉤爪で鎧ごと肉体を大きく切り裂かれ、其処から最も近くに佇んでいた一人が頭部を噛み千切られ、先端に無数のケーブルを剥き出した太い尻尾が残った数人の胴を纏めてフルスイングで砕き割った。目標が全滅したことを確認したのか、顎に咥えた頭部を放り投げ、爪にこびり付いた血肉を綺麗に舐め取る。そんな光景を見つめながら、少女はいつの間にか黒竜の傍へと近寄り、まるで飼い犬を愛でるかのようにその頭部を優しく撫でた。


「グゥゥゥゥゥ」

「……そう。あとは、おうさまだけ」


 心地良さ気に唸る黒竜に語りかけながら、街中に広がる地獄絵図……その中で恐らくただ一人穢れを知らない少女が、気だるげに街の一点をぼんやりと眺める。
轟々と焔に燃やされ続ける、それまでは恐らく穏やかな風景が広がっていたのであろう街並み。その果てに見えるものは、幾十と重ねられ、しかし先程放たれた二筋の紅い閃光によって粉砕された防壁に囲まれた豪華絢爛たるこの国の象徴。今は焔にジリジリと炙られ、ゆっくりと崩壊の刻を刻み続ける、城だ。







 生き残った僅かな者達が、その悪魔の行進を絶望に打ちひしがれながら、呆然と見届ける。
敵数は、目視する限りではたったの数体だけ。
彼らが目指す先は、世界の中枢にして何よりも先に護らねばならぬはずの核(コア)。最後の希望さえも、無情な悪魔達が攫っていく。それは……人々の、デジモン達の誇りであり、誉れであるはずの、難攻不落と長きに渡って伝えられてきた、城。その最奥で鎮座しているのであろう――――――――王という名の存在だった。


「お逃げください、王よ!」


 騎士達の中でも一際屈強な親衛隊、その内の数名が全身を血染めにしながら王室へと駆け込む。必死な形相には、彼らが幾年にも渡って保ち続けてきた余裕の一切が見受けられない。当然だ。過去において幾多も争いが起こったが、その全てにおいて騎士団や親衛隊の活躍によって、敵は城門を抜けることすら儘ならずに駆逐されてきた。しかし、今宵の敵は、そんな歴史にも刻まれよう堅牢な防壁をも、いとも簡単に突破した。死神達の前に彼らは無力であったが、しかし決して無能ではなかった。戦友達のために一矢報いようとするよりも先に、王をこの場から逃がすことに専念する。

 先代の刻より、王の信頼はいつまでも変わらず厚い。国を愛し、民衆を愛し、平和を愛する優しき男。彼という存在は民衆の想いによって支えられ、また民衆も同じように彼の言葉に支えられ続けてきた。彼がいれば、民衆は如何なる絶望からも立ち直るであろう。

幸いにも、口髭を蓄えた小太りの国王はいつものように王座に深く腰を落としていた。その姿を見て、安心しようとして――――――――



 しかし、その首が紅色に染まっていることと、その隣に佇む黒衣に身を包んだ見覚えの無い少年の姿を捉え、瞬時に思考が錯乱する。




 ……否、本当は把握出来ているはずなのだ、目の前に広がる現状を。ただ、それを認められるかどうかは別問題だった。その手に握られている、血塗れた黒き秋水。恐らく、王の首が紅いのはその得物の影響なのだ。しかし、それを認めてはならない……認めた瞬間、それがこの国の終わりを意味するのだから。


「ふん」


 そんな錯乱しかけている兵達を気遣ってか。すっぽりと被ったフードのせいで顔の見えない少年は、まるで汚物に厭々触れるかのように、手にした得物の棟でそっと王の側頭部を押す。案の定、その首はあっけなく地面へぐしゃりと転げ落ちた。思い出したかのように、断面から血が噴出する。否定すべき現実を見せ付けられて、しかし兵達は哀しみよりも先に怒りを露わにした。


「きっ、貴様……よくも!!」

「――――――ハッ」


 兵達が武器を構える頃には、既に少年の行動は終了間際にあった。ただ、一瞬。血振るいをした後、鯉口を切りながらその鋭利な刃を鞘に収める音だけが、静かに響き渡る。彼らの目の前にはいつの間にか少年の姿は無く、そして音は背後より聞こえた。振り向こうとして、しかしそこで初めて崩壊が始まる。振り向いた勢いで、首だけが側方へと大きく弧を描いて転がった。その転げ落ちた頭部にへばり付く恐怖に歪んだ貌が、頽れる自らの躯を呆然と眺める。

そんな光景がおおよそ数名分連続して続き、遂に王室は少年を残して沈黙した。







「ええい、全く。このワシにこんな下らん仕事を押し付けおって」

「仕方ないってぇ、攻撃はあの二人のお株だからねー」

「フン、ワシもあそこに乗り込み暴れたかったわ」


 つまらなそうに地面を蹴り―――――最も、その頑丈な竜脚ならばそれだけでも地を大きく抉るのだが。背負ったキャノン砲の後部に設けられた廃熱ダクトを全開、砲身に溜まった膨大な熱量を外へ逃がしながら、深紅の巨大な機械竜がその隣に佇む青年をやはりつまらなそうな眼で見下ろす。一方の青年は、双眼鏡の中に映り込んだ、頭頂部の国旗を燃やされ沈黙しつつある城を確認し、満足そうに頷いていた。
 
 外の世界との干渉が皆無に等しい文化が未だに発展していない眼前の王国は、彼らの襲撃した中でも最も速やかに侵攻を終えることが出来た。恐らく今頃は生き残った僅かな者達が絶望の淵へと追いやられていることであろう。圧倒的暴力の前に成す術も無く踏み躙られ、陵辱され尽くした誇り高き王国の生き残り達の心を満たすのは、哀しみと怒りと絶望と殺意と憎悪の綯い交ぜになった、何処までもどす黒い負の感情。しかし、その感情はこれから更に苛烈な物へと変化していくことであろう。新たに君臨する王≠ノよる、暴虐的支配が始まるのだから。


「それにしても……あの人の考えることは分からないねー、エグっちいやり方で国を滅ぼせだなんてー?」

「……ワシを見るな。知らんわ」

「新しい王様がただの囮だってことは聞いたんだけどー。うーん、何考えてるんだろうねー?」

「だから……一々ワシの顔を見るなと言っておる!」


 ドスを効かせて睨んでくるその巨竜を尻目に、青年は地獄色の空を見上げながら思考する。……情報の早い世界であれば、今回の襲撃に関する噂は早くも出回るであろう。未だ嘗て無い、たったの十数の敵により半日足らずで滅ぼされた歴史的王国。彼らの力を誇示するには充分すぎる戦果だ。そうすれば、他の世界への侵攻も更に速やかに進むと言うもの。こう言った見せしめだけなら、まだ理解が出来る。だからこそ、其処に加えられた条件―――――――『死に逝く者達には最大の絶望を。生き残った者達には最大の屈辱を与えろ』という、言わば出来る限りの負の感情を引き出せという不可解な命令の意味が今一理解できなかった。単に国ごと消滅させるだけならば隣に佇む紅の機械竜一体だけでも十分であり、わざわざ本部のマザー≠ナ量産し改造した爆撃仕様のプテラノモン群を駆使し、ちまちまと街を焼き焦がす必要も無かった。何故、こんな手間の掛かる命令を飛ばしたのか……?


「んまぁー……別にいいかな」


 双眼鏡に映り込む、己が相棒と共に焔に包まれた王国より帰還する仲間達の姿を確認しながら。青年は、大して役にも立たないだろうと判断し、思考することを諦めた。とりあえず、暫くは彼≠フ指示通りにせっせと働いていればいいのであろう。青年の抱く疑問も、必要となれば彼℃ゥらが答えてくれるはずだ。それに――――――――


「たまにはこーゆー光景も、悪くは無いよねぇー」


 酷く幼稚で、それ故に残虐極まりない歪んだ笑みを浮かべながら。
青年は、まるで鈴の音を鳴らすかのような綺麗な声色で、クスクスと嗤うのであった。










 まるで空間中に消毒液でもぶち撒けて満遍なく塗り手繰ったかのように、その大広間は異常なまでに薬品臭かった。そのくせ、片隅に映る機械類やその他の設備を見回せば、薄ら埃を被っているために特別な清潔感は全く感じられない。無論、それが排泄物や吐瀉物のソレよりは相当マシなものであるとは理解っているものの、これからもずっとこんな病的過ぎる悪臭には慣れないのだろうな、等と思いながら、其処に佇む少年は、目前に備え付けられた鉄柵より向こう側に広がった、蛍光色の水溶液に満たされ時折大きな気泡を吐き出す巨大なプールを見下ろす。
ざっ、と一目見回して。プールの中心にぽつりと鎮座した、膝を抱えて蹲った小さな人型に目が留まった。底に開いた無数の穴から伸びるコード類を身体に繋がれたその姿は羽化を待ち続ける蛹の様で、不気味さの演出だけなら完璧に近いものがあった。


「あれか……奴さんが手塩をかけているってのは」

「らしいな」


 少年の呟きに対し、半ば興味無さ気に吐き棄てたのは、少年の背後に佇んだ漆黒のドレスを身に纏う少女。照明機能も採光設備も持たず、プール内の液体自らが放つぼんやりとした輝きのみが光源となるこの空間では、周囲に佇む者達の大まかな輪郭は推測出来てもそこに描かれる表情までは把握し難いが、そのソプラノ調とアルト調の声色は、そのどちらもが何処か酷く老獪な彩を含んでいた。恐らく、その少年少女二人には、幼さという成分が余り多く含まれていないのであろう。
蛍光灯の一つでも取り付けたらどうなんだ、と思って天井を見上げてみても、そもそもそこには天上なんてものはない。少なくとも、視認する限りでは大口を開いた闇だけが広がっている。……この空間に対しての不愉快な点を挙げようとすれば、まだまだ幾らでも意見が掘り出せそうだ。しかし、口に出したところでどうにもならないであろうことなので、そんな文句は一先ず喉奥に仕舞いこんでおく。


「……今回の襲撃も、無事に終了したらしい。一体何人が死んだのだろうな」

「さぁな……とりあえず、生き残ったヤツがいるなら俺達を全力で恨むんじゃないのか?」




「―――――――クククッ、生き残ったとしても所詮は塵芥の集まりだ。放っておけば良い。」


 唐突に背後から聞こえてきた何処までも昏い声に、二人が同時に振り向く。兜虫のような角を備えた仮面を被った竜頭から覗く、蛇の如き鋭い双眸。獣脚類の下半身に、甲虫の爪を供えた二対の腕を持つ異様に痩せこけた上半身。更に背部に二門のキャノン砲を背負ったその姿には、体中に統一感というものが全く存在しない。闇色に染められた、体中を別々の生き物から取り寄せた合成獣を連想させるその怪物相手に、しかし二人は全く怯む様子も無く、温度の無い眸でただ見つめ続ける。


「それよりも報告があるぞお前達、『始まりの街』の長老どもが、俺がお前達を呼び寄せたように……異界から、我らへの対抗勢力を呼び寄せる決意をしたようだ」

「……成程、お前の予想通りだな。今までの侵略は、そのための餌代わりか」

「ふん、私達を呼び寄せたのは……侵略の手助けだけでは無く、その対抗勢力そのものも叩き潰すため……そうだろう?」

「まぁそういうことだ……安心しろ、そうしたら報酬(ギャラ)も上げてやる」


――――――――――対抗勢力。
 恐らく、そのチーム構成は人間の子供と彼らに付き添うデジモン達のコンビがメインとなるのであろう。目の前の化け物に各々の世界から呼び出された者達の中に、そのケースに当て嵌まる者達が二組ほど居たことを思い出す。恐らく今頃は、何処かの街を灰に変え終えてこの場へ戻ってきている最中だ。
嘗ての自身らの姿を遠い過去の記憶から呼び覚ましながら、少年と少女はまだ見ぬ敵の姿に想いを馳せながら、更に続く化け物の言葉に耳を傾ける。


「引き続き、潜入させておいたデラモンからの報告を待つ……召還が終了次第、襲撃をかけるぞ」

「……いきなりドンパチやらかす気か」

「なぁに……少しだけ、遊んでやるのさ」


 ニタリ、と口端を吊り上げ、踵を返しその場を去る化け物。
……本気でその願い――――――――世界の支配という野望を達成させたいのなら、手加減などせず最初から本気で潰しに掛かればいいものを。先日から続く任務といい、間違い無くあの化け物はその道程の中を遊んでいる…………否、他に何か目的があるのか?恐らくはその答えを秘めているのであろうプールの中に沈む不完全な命を見下ろしながら、二人は静かに手を繋ぐ。


「……始まるぞ……長い、血生臭い戦いが」

「そうだな……」



 彼らが世界を歪める悪鬼ならば、刃向かうべきは悪鬼を滅ぼす勇者達だ。
交錯する善と悪。ぶつかり合う想いと想い。向け合った剣の先、その果てに見えるのは悲劇か、喜劇か。
世界を取り巻こうとする絶望。その中に穿たれる、ちっぽけな希望。様々な記憶と想いを刻み、勇者達は悪を滅ぼすために、世界を救うために静かに歩み出す。

 勇者達はまだ、知る由もない。
その物語の中に組み込まれた、負の連鎖を。その物語の根幹を成す、悪意に満ちたシナリオを。


 そして悪鬼達もまた、知る筈がない。
その物語もまた、神の気まぐれが作った物だと。その気まぐれは時に、シナリオすら書き換えてしまうことを。




―――――――――今此処に、荒唐無稽な物語が始まろうとしていた。







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