“お前という存在は、何だ”

そう聞かれたことを覚えている。

その問いに、私は答えることが出来なかった。

悩んでいた。私には、自分、という存在が――――理解らない。理解らないから、結局その投げかけられた問いに、答えられずに居た。どうでもいいことを答えても良かった気はしたが、それを許せる気分ではなかった。

 

 

数秒前なのか数分前なのか数時間前なのか、或いは数日前なのかは覚えていないのだが。とりあえず、今という時間よりも少しだけ前。信じていた人達が、私の居ない場所でお互いに言っていた。その内容も今では歪んでいて殆んど思い出せないのだけれど。その話を聞いて理解ったこと。それは……私は、どこから来たのか判らない――――つまりは、拾われることでその命を繋ぐこととなった、出来損ないだったという事実。拾い物であり、リサイクル品。愛される価値を持たない、ガラクタ同様の存在。それなのに、信じていた人達は、やっぱり本気で私のことを育ててくれて。そこに悪意は無く、偽りは無く、穢れは無く、虚しさは無く。つまりは――――純粋に、単純に、確実に。

“愛情”というものが、存在していて。

 

 

だから、尚のこと辛かった。苦しかった。悲しかった。

いつの間にか、私はその目尻に大粒の涙なんか溜めていて。それは、その熱い雫は。間もない内に頬を伝って、流れ出した。止めたいのに、止まってくれないことが、とても―――もどかしかった。信じたくないのに、信じたくなかったのに。今まで私に向けられた、その笑顔が。知らない親の笑顔と似ている、優しいものなんだと思っていたのに、それはいつしか――――悪魔の微笑みに見えた。

 

 

やがて、体が震え出した。嗚咽が、漏れ始めた。

何があっても。怪我をした時も、虐められた時も。今まで、泣いたことなんて一度も無かったのに。どうして、涙が止まらないんだろう。どうして、どうしてこんなにも――――悲しいんだろう。

 

 

自分自身に恐怖し、震えて。

いつ飽きられるのか、いつ捨てられるのか、いつ独りになるのか。それが分からなくて。涙で顔は、ぐちゃぐちゃになってしまって。嗚咽の所為で、喉は擦れてしまって。何もかもが、怖くなった。

 

 

そんな状態が、何秒、何分、何時間、何日続いたか、思い出せないけれど。問いを投げかけてきた人は、私の手を、その暖かな手で包んでくれた。私が、涙を拭いながらその人を見ると――――その人は、優しげに微笑んでくれた。そして、やはり優しげな口調で、でも、しっかりとした声で、私に告げる。

 

 

“お前は≪お前≫でしか、無い。それだけが、真実だ。”

 

 

 

 

 

Re/call 〜Emerald〜
   拾話 『彷徨う先に』

 

 

 

 

 

……、……。

そよ風が、頬を撫でた。そんな気がする。

体中に感じる微かな痛みと、それ以上の暖かさ。何なんだろう、これは。ここまで心地好い気分は、久しぶりだ。

 

 

…………ああ、そうか。

確か、ロワと戦っていて……負けたんだった。記憶が曖昧だ。まぁ、無闇に嫌な記憶を掘り起こしたくも無い。少なくとも、ここまで確りとした感覚を持っているのだから、ロワに握り潰されて死んだ、というわけでは無さそうだ。

 

 

そーっと、眼を開ける。柔らかな陽の光が視界を一瞬だけ灼いて、思わず開きかけていた眼を閉じてしまう。決して其れはイヤなモノではなく、寧ろ……何時までもこうしていたい、そんな気持ちにさせてくれる。

ただ、やはり現状を把握しておく必要はある訳で。起きたら花畑、花畑の先は暗い色の川、その川には1人の胡桃のような肌をした痩せこけた老婆の乗った木船、そして木船が辿り着くその向こう岸には知らないご先祖様達が手を振っている。そんな感じだったら、私は死人である。まぁ有り得ないとは思うが。

眼を、もう一度ゆっくりと開く。

 

 

「…………」

 

 

…………。

何と言うか、こういう時。表現に激しく迷う。眼を開けたら、想像からどれだけかけ離れた現実が待っていたか。

まぁ、兎に角。女の子が、私の顔を覗き込んでいた。

私の視界。その8割近くを可愛らしい顔が占領している。年齢からして、多分まだ小学校低学年くらいなのでは無いだろうか。無邪気そうにぱちくりする眼が、何だか小動物みたいだ。

 

 

「おきた……?」

 

 

女の子が、私に話しかけてくる。やはり、見た目通りと言うか、鈴の音のように綺麗な声色をしている。多分、この子は将来とっても綺麗な女の人になるに違いない……ってかさっきから私は何を考えているのだ。阿保か!

 

 

「……えぇ、起きました……。良い朝ですね」

 

 

陽の位置で朝方或いは夕方だというのは理解るのだが、それで朝なのか夕方なのかを判断するのは少し難しい。なら、どうするか。朝日と夕日の違いは、お婆様が言うには空の色で理解ると言う。

朝の陽の光は金色。夕方の陽の光は茜色。空を見る限りでは、金色に近い。よって、今は朝だと言う事がわかる。ってこんなこと普通の人にも分かるか。

 

 

「…………だいじょうぶ?」

 

 

身体を少しだけ動かしてみる。所々、針を刺すような痛みを感じたがまぁどうと言う事は無さそうだ。傷口の状態はよく解らなかったが、私はそこから起き上がる。私は、ベッドの上で寝かされていたようだ。

身体を見る。来た覚えが無い花柄の寝巻きに、両腕には包帯。今の状態が気になるので、寝巻きをたくし上げてる。所々、というか身体の大半に包帯が巻かれていた。血が滲んでいたと理解るところも多く、白い包帯を赤茶色に染め上げている。

 

 

「この程度なら……大丈夫でしょう」

 

 

この子を心配させたくない、と何故か心が懸命に訴えかけてくるのが理解った。だから、私は彼女に微笑みながら、安心させてあげるためにそう答えた。ベッドから抜け出、少女の前に立つ。そこで、改めて周囲を見回してみた。

何処かの家の、何処かの部屋。白い壁に、レースのカーテンに、白いベッド。そして、大きめの本棚には色々な本、漫画、ファイルが置かれている。飾り気が無くて清清しく――――少しだけ寂しい気もする、そんな綺麗な部屋。きっと、住んでいる人も良い人に違いない。

 

 

「した……いこ?」

 

 

女の子が、私に呼びかけてきた。語彙的に足りない部分が多いが、恐らく“1階に降りようよ”という解釈で良い様だ。私は、少女に頷き、その部屋のドアを開ける。やはり、部屋だけでなく見る場所全てが新築のように綺麗だ。相当こまめに掃除をしていると判る。

少女に手を触れられ――――そのまま、手を繋いで1階まで降りる。この子のことはまだよく解らないけれど。何と言えばいいのだろう……この子には、“何か”が欠けている、そんな気がする。

 

 

「おにいちゃん……おきた」

 

 

階段を降り切ると、少しだけ雑音が聞こえてきた。女の子は、繋いだ手を解いてそのままとてとてと先へ行ってしまう。私は、後からついて行った。暖簾を潜ると――――その人は、居た。

 

 

「よっ……調子はどーだっ、美人さん?」

 

 

……一見して、女と思えるくらいに綺麗な顔をした男の子。少し長い茶髪に紅い眼は、とても落ち着いた雰囲気を醸し出している。寄って来る女の子を撫でながら、ニッ、と微笑まれた。

拙い……第一印象が何だか意外で返答に困る。

と思ってたら、向こう側から話される。

 

 

「あんたのパートナーはちょいと別んとこで預かってもらってんだけど……んま、話は後だ。とりあえずさ、何か作るよ。腹減ってんだろ?」

 

 

「あ、いえ……そういうわけにも……」

 

 

ぐぅ。

……。

否定しようとして、お腹が鳴る。畜生。選択肢無しかよ。

あまり他人に迷惑をかけるというわけには行かないのだが。どうやら、お言葉に甘える以外は無いらしい。

それにしても……この人は今、私のパートナー、即ちBアグモンのことを口に出した。預かってもらってる、というのはいいのだが……とすると、やはりこの人も私達と同じテイマーなのだろうか。

 

 

「もうちょい時間かかるっぽいからさー、ソファーにでも座って待っててくれ。ああ、堅っ苦しくすんのは無しだぞ?」

 

 

苦笑しながら、その人はリビングの奥へと姿を消してしまった。しかし、どうしよう。何から何までお世話になっている感じがしなくも無い。というのも、やはりこの怪我をした身体だから自然とそうなってしまうのであろうか。

…………拙い。ここで何か口出ししたら絶対、私にとって嫌な方向に転がる気がしてならないわけだが。

 

 

「……」

 

 

手を不意に引っ張られ、私は我に返る。

女の子だ。ソファーの方向に私の手を引っ張る。しかし、このままでは体重差等が影響して女の子が無駄に体力を消費してしまう。ここは私が動くべきだ。そう結論付けたところで、少し遠慮がちにソファーに座ってみた。少し弾性があり、温かくて気持ちが良い。お日様の匂いがした。

そしてやや遅れて、女の子は隣に座る。

そのまま、数十秒の時間が流れた。

 

 

「やなぎ……」

 

 

不意に、女の子が呟く。

やなぎ。柳。樹の一種だ。ヤナギ科にしてヤナギ属である低木或いは高木の総括名称である。それが、どうしたのであろうか、現段階において私には理解し得ない。

 

 

「なまえ……やなぎ」

 

 

……そう、か。この子の名前が“柳”、なのか。……柳ちゃん、か。綺麗な名前だと思う。名乗られたのだから私も名乗り返そうとして――――悩む。名乗られたのは、姓名からして名の部分のみ。とすると、私が名乗る場合において姓が必要になるのか否か、だ。こんな小さな子なのだから、名だけでいいのであろうか。

先ほどの光景を思い出す。あの女っぽい男の子。柳ちゃんは、彼のことをお兄ちゃん、と言っていた。恐らく、兄妹と判断して間違いは無いと思う。ならば、そちらに名乗っておけば問題無いか。よし、名だけで行こう。

 

 

「私は……美音、と言うんですよ。みー、おー、んー」

 

 

「みおん?」

 

 

柳ちゃんは、何度か私の名前を復唱し……完全に、覚えてくれたらしい。やはり、人に名前を覚えてもらえるのは嬉しい。そんなことを考えて居たら、いつの間にか柳ちゃんの顔が真正面にあって、ちょっとだけ吃驚する。ソファーに座り込む私の前に立つ柳ちゃん。む?何だか可愛らしいお顔が近付いて来ている気がしやがるのですが是如何に?

 

 

「ともだちの……しるし」

 

 

唇に――――柔い感触。

一瞬、何が起こったのかさっぱり分からなかった。

 

 

「……!」

 

 

気付いて、私は凍り付く。

せ、接吻された……!?

 

 

 

 

《異刻》

 

 

 

 

重苦しい空気、とは。その場に宜しいとは言えない表情を浮かべた人物が居なければ成り立たない。なら今現在、この空間はその重苦しい空気に包まれている、と言えるであろう。最も、それは人間が心で感じるだけで、空気の質量は一切変化しないのだが。

 

 

薄暗い蛍光灯の光に照らされる其処には、複数並べられ、1つの巨大なテーブルとなっている小さなテーブルの集まりに、複数の男達が座っていた。何れの男も決して若いとは言えぬ、人生の苦渋を嘗め取ったような顔の中年ばかりだ。更にその何れも、そのスーツの胸には――――その男達の身分の高さを証明する、勲章が付いている。そんな所謂“お偉いさん”と呼ばれる者達は、決して宜しいとは言えそうに無い表情を浮かべている。そう、今まさにこの空間は――――重苦しい空気に包まれている。

 

 

「えぇっとですねぇ……僕らも“セレーネ・コンチェルト”の皆さんと一緒にお仕事してますけどぉ……やっぱしけっこー辛いですねぇ。年々、少しずつではあるけど増えてきてるみたいですしぃ」

 

 

そんな中年男達の見つめる先。この場には全く不釣合いな、のんびりとした口調で喋る1人の少女がいる。まるで友達と会話するかのように告げられた少女の言葉は、男達をどよめかせる。

 

 

その男達此処の様子を見ながら、少女――――璃麻は、表に浮かべた笑顔とは裏腹に、裏では侮蔑の彩で男達を見下している。化け物が居る理解っただけで、まるで狼に怯える子羊のようにガタガタと震える金蔓の集まりだ。自分より身分の低い者には徹底して強い者ぶっており、しかしその身分の低い者に力が隠され手いることを知った途端にへらへらと態度を変える、何とも汚らしい人種。化け物に関しての適当な嘘を適当に呟いておけば、それだけで多くの金を出して命乞いしてくるであろう。

 

 

「まぁ……、皆様方もぉ、部下の人達にはちゃーんと気をつけるように言っといて下さいよぉ?下手なことしちゃったらぁ、死んじゃう人がばったばった増えちゃうだけなんでぇ……」

 

 

「……っ」

 

 

まるで小学生を注意するかの様な口調。あからさまに無礼な態度であるが――――男達は、冷汗を浮かべながらただ黙っているだけだ。まるで、璃麻という少女の存在に酷く怯えているかのように。璃麻も、其れを解りきっている。だからこそ――――社会人という観点から見れば優秀であり、しかし璃麻自身の求める要素は何一つとして持ち合わせない、この“扱う価値すらない”男達の誇る安っぽい威厳を、真っ当から踏み躙ってやる。

 

 

「それじゃー僕ら『粛清警備課』からの報告は終わりですぅ。失礼させて頂きますねぇ」

 

 

其れだけを言い残し、璃麻はその場から去る。

後に残されたモノは――――長らく続くであろう静寂だけ。

 

 

 

 

その部屋を出、さらにはその階を降り、最終的にはその建物自体から抜け出る。脇腹を擦りながら、璃麻はこの時期独特の涼しさに心地好さを覚えていた。

 

 

「琉芽君から連絡があったよ。美音ちゃんが起きた、って。ああ、それであんまり動くなよ?医療班が治したからって、君のその怪我――――まだ完治したわけじゃないんだからね」

 

 

声がしたのは、隣からだった。そこにいつの間にか存在する青年――――陽太。璃麻は、むぅ、と怪訝そうな顔を浮かべながら陽太と揃って歩く。吐く度に息が白い霧となって、視界を少しだけ薄くする。それすらも、璃麻にとっては心地好い。

 

 

「こんな怪我で休んでたらぁ、“けーさつ”は勤まらないですよぉ」

 

 

「明日明後日には治るだろうけどさ……君の肋骨、皹入ってるんだよ?早く治したいって思う良い子なら……家でじーっとしてなくちゃ駄目だ」

 

 

「へっへーん、僕の辞書に良い子なんて言葉は入ってないですもーん」

 

 

何でも無い、ただの雑談。

冬が近づいて来るこの季節、璃麻は純粋な少女の笑みを浮かべながら陽太と歩く。傍から見れば、それは何処にでもありそうな、在り来りな光景。微笑ましくすらある、その少女の微笑み。

 

 

しかし、それは今この一時だけ。そう遠くない内に少女はまた、肉片が骨片が臓腑が血雨が降り注ぐ、穢らわしく吐き気すら覚える戦場で――――凄惨な笑みを浮かべる。

その事実はあまりにも哀しく。

あまりにも――――酷過ぎる。

 

 

 

 

《闇刻》

 

 

 

 

「任務は失敗、と……案外呆気ないわねー、君ら。やっぱしつるっつるの脳味噌二つ分じゃ無理だったのかな?」

 

 

暗闇。そこは、凝縮したかのような暗闇に覆われていた。

其れなのに、独り言のようにぼんやりと呟くその女の姿は、まるで其処だけが照らされているかのように鮮明に映り出る。そして、その侮蔑の眼差しの先には――――悔しげに歯を喰いしばるルドラと、今にも憤った感情を爆発させそうな、ロワの姿があった。2人の陰険な雰囲気をよそに、女は続ける。

 

 

「まぁ……君らの無能さはあたしもけっこー理解してたつもりだから?失敗したトコで別にいいんだけどね」

 

 

「てめぇ……言わせておけばぁ!!!!」

 

 

ロワが、その感情を爆発させる。ルドラがその隣で、今まさに女に殴りかからんと拳を振り上げるロワを、慌てて止めようと手を伸ばす。無論のこと、ロワがその程度で止まる様な男でないことは、充分に理解できていたのだが。

ルドラの手を殴る勢いで払い、その振り上げた拳に無数の刃を突き出しながら女に接近し、振り上げたままの拳の思い切り振り下ろした。爆ぜるような勢いで、女に刃の塊と化した拳が迫る。しかし――――

 

 

「だから馬鹿だっつってんだよ、この猿っ!!」

 

 

女の声が、荒々しいものに豹変した。

そして、次の瞬間――――

 

 

天井から、剣のように鋭く巨大な“宝石”が飛来した。その軌道上には、振り下ろされつつあるロワの腕がある。

一瞬。ほんの、一瞬の出来事だった。

ロワの腕が、半ばから綺麗に消し飛ぶ。

 

 

「ぐっ……がっ……!?あぁぁぁあああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 

宝石が、地面に突き刺さると同時。切り裂かれた腕から、大量の血が噴き出る。ロワは、断面を押さえつけながら悲鳴を上げ、無様に地面を転げ回る。その様子を見た女が、あからさまに苛付いた表情を浮かべながら、その足に履いたハイヒールでロワを何度も何度も蹴りつける。

 

 

「一々一々突っかかって来るんじゃねぇってのっ、むさっっ苦しい髭面が!!役立たずは役立たずらしくさぁ、大人しく豚箱ん中入ってガタガタ震えてろっての!!ウゼぇんだよ!!」

 

 

浴びせられる、罵声。女は最後に、踵の部分で倒れ動けぬロワの片眼を踏み抉った。ロワは、あまりもの激痛のせいなのだろうか、口をまるで金魚のようにパク付かせるだけだった。

女が、その様子を最後まで見届けていたルドラを睨む。ルドラが、身体をびくっ、と震わせた。

 

 

「この役立たず、医療室まで運んでくれない?」

 

 

「…………」

 

 

ルドラは、何も言い返せない。渋々、口から泡を吹くロワの身体をゆっくりと引き摺り、その場を後にした。女は、心底疲れきった様に、溜息を吐く。そして――――その空間に聳え立つ、“レ”を見た。

 

 

ソレは、巨大な門だった。

取っ手があるわけでも無ければ鍵穴らしきものも無く――――別の部屋に、繋がっているワケでもない。ただ、“門”という概念だけで其処に聳え立つソレは、圧倒的神気を放つ、正しく喩えようの無い不条理な存在だった。

 

 

「“あの子”か“あの子”。遅かれ早かれどっちかを連れて来なきゃ……この【異界神門(オールエンド)】・“ヨグソトーモン”も……ただの粗大ゴミなんだよねぇ」

 

 

ふと、気が付けば。

隣には、1人の青年が同じく門を見つめている。

その暗い彩を帯びた瞳が、女を捉える。

 

 

「行って来るの?“あの子”に会いに」

 

 

女は――――特に何かを返すでもなく、皮肉めいた笑みを浮かべながら踵を返し、その場から立ち去る。

青年は、そんな女の背中を見送った。女の浮かべた笑みに――――自嘲が含まれていることに、青年は気付いていたらしい。溜息を1つ、青年は吐いた。

 

 

「どうせ……戦う気はないんだろう?ねぇ――――【輝光紅玉(トゥルーサイサリス)】こと“ソロモン72柱”9番魔、ペイモン……いや、シーナちゃん。君は……」

 

 

青年は、再び視線を目の前に存在する“門”に移す。

神気や怖気すら感じる、その閉じた門。果たしてこの圧倒的な気配は、門から放たれるものなのか、それとも閉じた門の“先”に広がる“何か”から放たれているのか、或いはその両方から放たれているのか。

青年は、知らない。知る由も無いし、知る気も無い。

そぉ、っと眼を閉じ、静かな空間に耳を傾けてみる。

何も聞こえない、その筈なのに。

 

 

 

何処からか、得体の知れない嗤い声が聴こえてくる。






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