地面を踏み締めた“駒”は、被った兜に開いた穴から覗く獣の瞳で、周囲を見回した。グゥゥ、と唸る。
腕といい羽といい腹といい尻尾いい、生物的に共通した部類は見られない。色々な生き物の各部を切刻んで貼り付けたかのようにも見える。そのアンバランスな姿で動くところを見ると、まるで性質の悪い冗談のようだ。


――――ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん


何処からかは分からないが、“駒”からそんな唄声が聞こえてくる。決して清らかとは言い難いそれは、呪文のようにおぞましく、聞くだけで鳥肌が立つほど不気味だ。


「…………記憶の混在、ねぇ……」


“駒”の傍らに立つ女が、呟く。


「それじゃ……お手並み拝見させていただくわ」


ひゅんっ、と女の真横に留まる影。
その正体は、鈍色の甲冑で全身を覆った、一頭の大きな駱駝型だった。女が軽い身のこなしで跨ると、駱駝型は地面を蹴って、跳躍する。高さにして、十数メートル付近まで一気に上がり、そのまま“駒”の視界から消えてしまった。


――――ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん


後に残されたソレからは、未だ唄声が聞こえる。
まるで、世界中ありったけの憎しみや怨嗟や狂気等を詰込んだかのような――――おぞましい、唄声が。





Re/call 〜Emerald〜
第拾壱話 『呼声』




「でー……君はこんな時に一体何処で何をしていたわけだ?」


「えー?上部会議のついでにぃ、よーたさんと一緒に模型店でゼクアイン買って来たんですよぉ、今日が発売日ですしぃ。それでぇ、その後にヴェドゴニア買おうと思ってモモタロウに行ったら、逆転裁判も発売してたんでぇ、こっちも買っちゃいましたぁ♪」


「……年齢指定域を越すにはまだ5年は掛かるよね?君の場合……。まぁ、買うのは良いけど……手をつけるのはこれを終わらせてからだ」


その体躯には比較的大きめの紙袋を地面に置きながら、璃麻は椅子に腰掛け、作業机の上に並べられた装置の類に備え付けられたボタンスイッチを弄り始めた。電子音が鳴り響き、装置の電源が入ったことを知らせる。その中央には、銃の形をした小さな機械が置かれている。計測器とモニターに移り出る数値を睨みながら、忙しそうに手を動かし始めた。


璃麻の“仕事場”。入り口から見て手前半分に並べられたワークデスク。そこに置かれた複数の機械や装置、コンピューターは、統率性も無く、無造作に並べられている。そして、奥の半分は――――無数の銃火器や刀剣類が並べられた棚と、薬種のラベルが貼られた瓶がびっしりと並んだ棚の二つが占領していた。
不気味さをも越え――――怖気すら感じるその空間に居座る者は2人。淡々と仕事に打ち込む少女、璃麻と。離れた場所でやはり同じようにパソコンに見入る青年――――鴻山幸仁(こうやま ゆきひと)だ。
少しばかし青みの掛かった黒髪と、つまらなそうに薄く見開いた眼。胸元の肌蹴た黒いシャツに蒼いジーンズを着こなし、そしてクリアグリーンのレンズが埋まった眼鏡を掛けたその青年は。見る者に、まるで刃でも突きつけられたかのような、異様なまでの冷たさを感じさせる。


「やっぱし出力核が足りないですよぉ……究極体級のデジコアですら駄目だったんですしぃ……」


「もっと大出力のエネルギー源があればいいんだけどね……でも、その銃――――“アポリオン”が完成すれば、“デジタル・ブースト”を持たない僕らでも単身で戦うことが出来る」


「うぅ……今のまんまじゃ限界がありますよぉ……提供要求しようにも政府も軍もこの間のアメリカテロ事件がどーのこーので僕らのこと完全にアウトオブ眼中してますしぃ」


「そう、だな……」


やーめたっ、と口ずさみながら、璃麻は展開していた工具を片付け、装置類の電源を全て切った。ブゥン、と音を立て、全ての装置類がその活動を停止する。唯一可動させたままのパソコン画面を見つめながら、璃麻はキーボードやらマウスやらを引っ張り出し、そのままインターネットへと繋ぎ始めた。それを見た幸仁は、溜息を1つ吐き、目の前の画面に集中し直す。


暫しの間、無言の時間が続いた。
唐突にその時間を破り捨てたのは、幸仁の聲。


「君が遭遇したベジーモン……恐らくは“ゾンヴィル”が関わっている」


「ぞんびる?」


「そうか……君は暫くこちらに顔を出してなかったから分からないんだね。少し、これを見てくれないか」


幸仁に手招きをされていることを確認した璃麻は、椅子から立ち上がって幸仁の元へと歩む。そこに示されていたモニターを見るなり――――璃麻の表情は、凍りついた。
示されていたのは、とあるサンプル種のデジモンのパラメータ値。その数値全てが、璃麻が知っている本来のサンプル種のパラメータを、遥かに凌駕していた。その原因となったのが――――ゾンヴィル、という璃麻の知らない存在。


「……ゾンヴィル。最近確認された、デジコアに依存する小型の寄生虫型だ。データ細胞を異常なまでに活性化させる――――所謂、暴走プログラムだね。寄生されれば御覧の通り……通常の5〜6倍の戦闘能力強化が施される」


「また……なぁーんか摩訶不思議要素が出てきちゃったわけですかぁ。なるたけ関わりたく無いんですけどねぇ、そーゆーへんちくりんな連中には」


そうは言ったものの、璃麻の中でその新たな“摩訶不思議要素”は、驚異的存在として認知した。雑魚デジモンとして認識していたベジーモンが、あれだけの強さを誇ったのだ。あれが究極体レベルだったら、と考えると思わず鳥肌が立ってしまう。
幸仁が、唐突に口を開いた。


「神倉研究所へ行ってみてくれないか。新米君を連れて」


「え?」


神倉研究所。その名を、璃麻はよく知っている。
研究所内の1課でデジモンに携わる研究を行っている、数少ない関連機関。最も――――他のデジモン機関にすらその課の存在を隠蔽している、という不可解な部分があるのだが。何故、警察とだけ関わりを持っているのか。璃麻には、幾ら調べても分からない関連事項だった。


「あの研究所にはまだ不明な点も多いが、僕らにとっては有力な組織であることに変わりは無い。関連付いた“ドール社”のこともあるから、念のために【刃塵装牙】にも同行するよう、僕から連絡を入れておくよ。彼は馬鹿だがいざと言う時は天才に化けるからね」


「正輝君ですか……了解。日時と集合場所は幸仁さんに任せます。後程、僕の方にメール寄越して下さいね」


「ああ。期待しているよ」


「それで…………セレーネは?」


「彼らはまだ気付いていないかもしれない……何せ、出現ポイントが――――僕らの管理下に置かれた、この地方だけに限られている」


その言葉が示す意味。
璃麻は、生唾をごくりと飲み込んだ。その動作に連動してか、冷たい汗が首筋を伝った。幸仁が一呼吸置いてから、現時点で確定した“事実”を口にする。


「此処ら辺一帯で……何かが起ころうとしているんだよ」


何かの悪い罰ゲームか、と璃麻は思う。
“放っておくと非常に拙そうな面倒くさいこと”に巻き込まれるのは、彼女は最も嫌いとするモノの1つだ。デジモンを狩るだけならまだいい。喩え自分自身がサボったとしても、他のメンバーが始末してくれるから。
だが、事が重大になってしまうと、そういうわけにも行かなくなってしまう。璃麻自身、仕事に金額の云々を考えるようなことはしない。余裕を持って取り組める、やりやすい仕事を選ぶのだ。丁度、この警察官兼デジモンハンターとしての仕事は、自分には必要な上、やりやすい仕事の1つだった。


非常に厄介な出来事が待ち受けている、と彼女の天才的第六感は告げている。否応無しにその事を黙認している璃麻は――――不敵に、自嘲を含んだ冷笑を浮かべた。


「……?」


「うふふっ……っはっはっは、愉快ですねぇ、こんなイベントが起こるなんてぇ……最高ですよぉ!」


幸仁が、物珍しそうな顔で璃麻のことを見つめる。璃麻はクスクスと笑いながら、腰のウェストポーチから、拳銃を取り出す。彼女の“力”、ディファイアント・デリンジャー。出会ってからずっと彼女がその銃を使っていることを、幸仁は知っている。


「だってぇ――――――――」


トリガーガードに指を引っ掛け、強く指を弾いた。銃が、くるくると回りながら宙に舞い上がる。その状態からタイミングを見定め、グリップを思い切り掴んだ。見事に手中に納まったところで、銃口を前方に向ける。ジャキンッ、と銃が音を立てた。




「ソロモンの“アイツ”を、おびき寄せられるかもしれないんですよ」




《同刻》




……。

…………。

………、………。

「んぁ、わりーことしたな……柳が変なことしちまって」


別に謝罪を求めた訳ではないが。女っぽい男の人――――琉芽さんは、私にぺこりと頭を下げてきた。柳ちゃんも琉芽
んに注意されたらしく、少しだけ眼が潤んでいた。
そんな話はさて置き。私は今、琉芽さんの家で朝食を取らせてもらっている。食器を運んでいる時等に軽く自己紹介はしあったし(向こうは知っているみたいだったけど)、今のところ聞きたいことは頭の中には無い。


「どーかな?口に合えばいいんだけど」


「いえ……ここまで美味しい料理はあまり食べたことがありません」


琉芽さんのすごいところは――――お料理という分野から、見せ付けられた。これには正直に驚くしかない。
麦ご飯とお味噌汁、お魚の味噌煮にお野菜の漬物。和食として最も基本的なバリエーションで構成された朝食のメニュー。しかし、だ。少ししょっぱい味付けのお魚は、甘みのあるご飯といっしょに口に含むことでそのしょっぱさが見事に中和され、絶妙な旨みを引き出している。漬物はその歯応えをそのままに、お野菜本来の旨みを適度な塩加減で存分に発揮させ、薄味に仕立てられたお豆腐とわかめのお味噌汁は、変に後味の残らない非常にさっぱりとした風味を効かせている。
恐らく、最低限の味付けだけで旨みを最大限に引き出しているのだ。調味料が足りなければ味に面白みが無く、逆に多すぎると本来の旨みを損なうこととなってしまう。この加減は簡単そうに見えて、極至難の技だ。


「おかわりもあるからさ、とりあえず喰っとけ」


これほどまでに豪勢なお料理を前にして、私は遠慮するということが出来そうに無い。と言うか、こういった状況において、頂くことを遠慮するのは失礼と言うものではないのだろうか。
私は結局、お腹いっぱいになるまで食べた。




「そんな……4日も、ですか?」


「おう。っつかその怪我ならもっと寝ててもおかしくは無いぞ」


琉芽さんから聞くところでは、私は実に4日間も寝続けていたらしい。学校の無断欠席が少し心配だが、他にも気にしなければならないことは色々ある。璃麻さん、Bアグモンはどうなってしまったのか。そして――――ロワのその後も気になる。


「璃麻なら問題ないよ、怪我はしたけど全然ピンピンしてやがる。ほら、あいつゴキブリみたいにしぶといから」


「では……Bアグモンは?」


「ああ、あと一時間ぐらいでこっちに来ると思うぞ。あっちもあっちで結構な重傷だったからな……デジモンのことを扱ってる機関で治療してもらってたの」


重傷。
琉芽さんの口調からして、大事には至らなかったみたいだけれど……何だか、少しだけ悔しい。あの敵を前に、私達は何も出来なかった。絶望的なまでの差が、そこにはあった。それが、悔しい。
何故……私達は弱い?そんな疑問が脳裏を過ぎる。私達は、確かに出会ってまだ間も無いし、戦い方を詳しく知り得たわけでもない。でも……そんなのは、ただの言い訳にしかならない。私達は弱くて、そして敗北した。その事実だけが、此処には存在している。


「なぁ……」


「…………」


「…………いいんだよ、お前らはさ」


…………っ。
琉芽さんに手を柔らかく握られて、私はふと我に返る。
そんなに酷い表情を浮かべていたのであろうか。気付くと、顔全体に妙な違和感を感じた。力が、入っていたのか。よく分からないが……琉芽さんの言葉が、やけに心を穏やかにしてくれた。


「今はまだ弱くても……いつか、強くなれるから」


それは……昔から使われている、古ぼけた陳腐な言葉。
でも、それは本当の言葉だ。本当のことだから、昔から色褪せることなくその言葉は人々に使われている。


「んま、俺らもサポートは出来る限りするからさ……」


琉芽さんが、柔らかく微笑む。
何処かで見たことあるような――――優しい笑み。


「無茶しようとすんなよ」




戦闘の際着ていた服はもうボロボロらしく、琉芽さんから渡された新しい服に着替えた。それから小一時間程度過ぎた頃。柳ちゃんのお絵かきに付き合ってあげていたら、突如として、リビング内にチャイムの音が鳴り響く。来客の知らせ、であろうか。我が家には無い機構なので、詳しいことは分からない。ただ、悠玖の家で同じような体験がある。
私にこれをどうにかする、などと言うことは出来ない。それはここが他人の家であり、その家にお邪魔している他人がこの家内に起きた云々に対応する、というケースは極めて少ないからだ。


そう考えている間にも、琉芽さんがさっさと対応し始める。だるそうにテーブルに突っ伏していた上半身を起こし、気だるげな表情を浮かべながら玄関まで出る。この人……相当疲れているのか。
よく聞こえない会話。そしてガチャッ、という音と共に、どたどたどた、と複数の足音。こちらに近づいて来る。


「大丈夫か、美音!」


…………。
先ず、走ってきたのであろうBアグモンの姿が見えた。包帯を巻いているわけでもなく、目立った傷跡は一切無い。完治した、ということであろうか。だとしたら、何て便利な身体を持っているんだろうか。太い足は土や物を蹴るのに便利そうだし、がっちりとした顎、そしてそこに備わる牙はどんなものでも噛み砕けそうだし。それに加えて、傷がすぐに治ってしまう皮膚。私にも欲しい要素が沢山ある。羨ましい。
Bアグモンの状態確認が出来たところで、私は返答する。


「動ければ何の問題も有りません。大丈夫ですよ」


「へぇ……。おねーさんもけっこー凄いこと言ってるね」


…………Bアグモンの奥から、知らない女の人の声。
直後、暖簾を潜って琉芽さんと、あともう一人……見知らぬ女の子が入ってきた。琉芽さんとそんなに大差ない身長と、肩の位置でばっさり切られた焦げ茶の髪と、気だるげな表情をした、その人。現状で理解 出来る部分を挙げるとすれば、この人も疲れているのか。口に出さない結果、蛇足となってしまうが――――疲れた身体には熱いお風呂が一番効率的である。


「まっ、とりあえず……大丈夫、って言ってもらえれば……あたしとしても嬉しいかな」


そういうわりに顔が嬉しく無さそう、というか無表情っぽいのは果たして仕様なのですか?私には解りそうに無い。
……駄目だ。見知らぬ人と気安く話が出来るような機能は私には存在しない。以前やってみた。現在同じクラスに居る、田中勇三郎(たなか ゆうさぶろう)君だ。自分なりに言葉を選んだつもりだったのだが、最終的には睨み付けられてしまった。それ以来、もう絶対にやらないぞ、と心に誓っている。


暫しの沈黙。その人も喋りそうに無い。
このままでは駄目なのだ。しかし、それでもその人は喋りそうに無い。口を真一文字に閉じたまま、私のことを見ている。Bアグモンが、私とその人を忙しそうにきょろきょろと見つめる。
ええい、このままでは何も始まらない。
南無三――――!!!


「あの」


「っと……あたしは、セレーネ・コンチェルト【第四地区隊】医療班班員が一、マリオン=カーチスっての。好きに呼んでくれて構わないんだけど……それだったら『マリちゃん』、って親愛込めて呼んでくれると嬉しいかなぁ……ん、年齢と国籍?ったくもぉ、めんどいなぁ……歳は14、生まれはイギリス……これで良い?」


喋ろうと思ったら、いきなり喋られた。
というか、よく分からない単語が幾つかあった。
“えりーぜ・もーつぁると”。“だいおんちきんたい”。“いろうはんはいんがいち”。何処の国の言葉だ。ある程度の外来語は知っていたつもりだが……こんなあやふやな言葉もあるとは全く知らなんだ。


「マリさん……いきなりそういう紹介すんなって……。こいつはまだ知らないんだからさ、あんたらのこと」


「……ふぅん、最初に言っておいて欲しかったね」


「気付かねぇかな、フツー……」


「ふんっ」


……置いていかれている気がする。
そんな心境にある私に気が付いたのか、マリオンさんはすぅ、と一息してから、淡々と語り始めた。


「んー、セレーネ・コンチェルトって言うのは……そうだね、『デジモンハンター』だけで出来た組織のこと」


セレーネ・コンチェルト。その組織名についてはよく分からないが、“えりーぜ・もーつぁると”は空耳だったか。
ん?ということはBアグモンも対象になるのだろうか。Bアグモンに視線をずらす。


「言っておくが俺は狩られんぞ」


私の聞きたいことを読み取ったらしく、腕組みしながらうんうん、と頷いて見せるBアグモン。人間と一緒に居るBアグモンはどうやら対象外のようだ。まぁ、別に人間を捕食すると言うわけではないし。……最初出会った日の夜に、野良猫を捕食したらしいが。


「めんどいから一気に説明しちゃうよ。あたし達の組織は世界中に広がってるんだけどね……大きく八区に分かれてるんだけど、ここ、日本は【第四地区】って呼ばれて、本部が設置されてる。第一地区が一番デジモンの多い場所、つまりは危険な場所で、第八地区がデジモンの一番少ない場所、つまりはけっこー平和な場所。後はー……そうだね、地区毎に“戦闘班”、“医療班”、“事務班”、“調査班”、“研究班”の五つに分かれてて……あたしは、医療班に所属してる。……こんなもんでいいね?あー疲れた……」


文章、並びに単語の整理は出来た。しかし、今ひとつ理解し難い内容である。ここはやはり一つ一つ順を追って整理すべきか。思考を最速回転させる。


事項 壱:セレーネ・コンツェルトとは世界中で活動をする、デジモンハンターで構成された組織である。人数、及びその戦闘手段などについては、現時点では不明のものとする。

事項 弐:組織の分布は大きく8つに分かれ、それぞれに番号が振られており、数字が小さくなるにつれ、危険度は増していく。本部の置かれた日本は【第4地区】と呼ばれているが、その他どの地区にどの番号が振られているかは、現時点では不明のものとする。

事項 参:各地区、メンバーはそれぞれ“戦闘班”、“医療班”、“事務班”、“調査班”、“研究班”の5種の内どれかに所属しており、マリオンさんは医療班に所属している。それぞれの主な活動内容は、現時点では不明のものとする。


……これでいいはずだ。先の発言から推測するに、琉芽さんは別にセレーネ・コンチェルトの所属では無いらしい。まぁ、それはそれとして。気になるのはやはり戦闘手段だが……それも何れ、分かることであろう。兎にも角にも、私はマリオンさんに助けられた、ということが理解ったわけだ。


「有難う御座いました」


「んっ、いーよ……気にしなくてさ」


例を言った私に、ニコッ……と笑みを浮かべるマリオンさん。先ほどまでの雰囲気とは違った、確かな温盛にも似たものが感じられる。察するに、マリオン=カーチスと言う名のこの人は、人付き合いが非常に上手なようだ。何だか、私の親友――――悠玖も、この人に似ているタイプなのかもしれない。
この人もまた、人を救う暖かさがあるのだ。
私もきっと、そんな人間になりたいんだと思う。




――――ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん




「……っ」


何処からか――――そんな歌が聞こえてきた、そんな気がした。全く……ゆっくりと和んでいれば、これだ。
本当に、向こう側は私の都合、と言うものを全く考えてくれない。いや、獲物に都合も糞もない、と言うことか。


「美音?」


いち早く私の“異変”を感じ取ったのは、どうやらBアグモンと柳ちゃんらしい。やや遅れて、琉芽さんとマリオンさんが私を見る。柳ちゃんの頭を少しだけ撫でてから、私は立ち上がった。


一瞬。それだけでも、十分に理解る敵意。
背筋をまるで光の如く駆け抜けていった、あの感覚。全身の力を抜いて、リラックスする。最早気持ち悪さなど微塵にも感じられない。微かな気配を手繰って行き、方角を掴み取る。其処からは簡単だ。その方向だけに気を集中して――――“敵”の居場所を探り当てた。


「……どうした?……ん?」


琉芽さんが、私に呼びかけたところで……電子音だ。
この電子音はデジヴァイスによるものである。私の腰にあるものと――――琉芽さんが、上着のポケットから取り出したもの。その二つが、不揃いなリズムで電子音を鳴らしていた。


「敵……?」


マリオンさんが、呑気にそんなことをぼやく。
敵。明らかな敵意が、顕在している。そう遠く無い場所だ。デジヴァイスで展開するのは、璃麻さんに改造される際に付け加えられた、マップ機能。デジヴァイスの画面に現われた、この家周辺であろうマップには……赤い点が1つ、点滅していた。敵を意味する。


「行きます」


身体はまだ痛むが……恐らく、走れないと言うことは無いであろう。リビングを抜け出ると――――玄関は易々と見つかった。幸い、私の履いていた靴も丁寧に揃えられて置かれている。私の後を追って、Bアグモンも走ってきた。どうやら、彼の方もやる気充分、らしい。


「って……大丈夫なのか!?」


遅れて、琉芽さんとマリオンさん。
靴を履き終え、扉を開けた。外の空気が、何とも清清しい。平日に加えてお昼前だから、人気は無く外は至って静かだ。これならBアグモンを隠しながら移動しなくとも良さそうだ。


「んー、頑張って来てね……あたしらここで待ってるからさ」


「へっ?」


マリオンさんが、そう言ったのを確認した私は。
琉芽さんの驚きが全面的に現われた表情の意味を考えるより先に、扉から出、目的の場所へと駆け出した。





「って!俺も行くんだっての!来い、ヴァイスモン――――」


「…………ねぇ、琉芽君?」


「………………何?」


「彼、今――――あたしらんとこで検査中ですけど?」


「……あ゛。…………しまったぁぁぁぁああああ?!?!」




《同刻》




「……驚いわねー……すっごい感応力」


適当な家屋、その屋根の天辺に座り込んだ女――――シーナことペイモンは、配置した“駒”の場所へと掛けていく少女、美音と――――黒の恐竜、Bアグモンを見据えながら呟いた。
その美貌には、微かな笑みが浮かんでいる。何かを待ち望んでいるかのような。期待を込めた、笑み。そこに邪悪さは一切感じられない。空白にも似た虚しさだけが、あった。


「それに、君も。闇に染まっても、変わらないね……」


何かをするでもなく、ただ見つめているだけ。
冷たいそよ風で、長い前髪が靡く。それすらも、彼女にとっては心地好く感じられるものだった。
“邪悪”、とデジモンハンター達は云う。ソロモン72柱とは正しく邪悪なデジモン達の軍勢であり、倒さねばならぬこの世界の敵、と。ならば、この何も感じられない女、9番魔ペイモンも敵だと言うのであろうか。言い切れるのであろうか。
答えられる者も、解る者も居ない。それは無論、彼女自身も同じことである。邪悪だから敵、というのは大きな間違いだ。現に――――邪悪な種であるBアグモンは、デジモンハンターの間でも“味方”として見られている。


ならば、敵とは何か。味方とは何か。
彼女は、声に出さずに空虚に問いかけてみる。答えられる者も、解る者も居ない。元より、解答を求めたわけではない。シーナは、自嘲を含んだ笑みを浮かべて――――少女とデジモンを見つめる。


「待ってるわ。君がまた、“あの姿”に戻るまで。そして貴方達が“記憶”を取り戻すまで。だから――――それまでは、戦って。いつかは、辿り着くから」


シーナは、誰に言うでもなく呟く。
彼女の配置した“駒”が、迫り来る獲物の気配を察し、戦闘体勢を取る。獣の足で大地を踏み締めながら、天使の翼と竜の翼を羽撃かせ――――“駒”こと。魔獣・キメラモンは咆哮した。






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