「っ!!」


向かったところは、どうやら荒地のようだ。廃墟も無ければ家屋やビルの類なども一切無く――――金網張りされ、まるで焼け跡のような焦げ色の砂地が広がっている。その場所辿り着いた矢先。そこにいる、禍々しい姿をした巨大なデジモンを睨み付ける。向こう側はまるで私達が来ることが分かっているかのように、どっしりと構えていた。
デジヴァイスから、情報が流れ込んでくる。キメラモン・完全体。璃麻さんの言っていたことを思い出す。『完全体』は、確かBグレイモンより一段階上のレベルだ。つまり――――勝ち目は、薄い。そのことを考えただけで萎えてしまいそうになる心を、必死にやる気と云う名の鎖で繋ぎ止める。
負ける?死ぬ?食われる?
関係無い。倒さねばならないのだ。
負けてたまるか。私は――――高らかと、叫ぶ。


「……頼みます、Bアグモン!!」

「応ッ!Bアグモン進化――――Bグレイモン!!」


Bアグモンが光に包まれ、その光は肥大化して行く。そして、光が薄れた其処に現われる、彼の進化した姿。
蒼の恐竜、Bグレイモンは。大きく、咆哮して。
目の前の敵――――キメラモンに、突進した。
無論、それを黙って見過ごすほど敵も甘くない。不揃いな4本の腕を、思い切り振り上げる。……Bグレイモンが一回りも二回りも小さく見えてしまうほどの、巨体。どうなるのかは――――目に見えていたつもりだった。しかし、Bグレイモンは私の予想を善い方面で裏切ってくれた。
甲高い金属音が、響き渡る。


「ぐぅっ……!!」


一気に突き出される、馬鹿みたいに大きな4本の腕。Bグレイモンはその巨体にも拘らず、僅かな動きだけで見切った。その内の2本、悪魔のモノを連想させる腕は両脇で挟み込んで受け止め、赤色の外骨格を思わす腕はその大きな顎で噛み付き、受け止める。そして、残った1本、白骨の腕は、頭部に被った兜の角を骨の隙間に突き刺して、受け止めてきっていた。


轟ッ……、と。
空気が赤熱するかのような、未知の感覚。2体のデジモンの闘気によるものなのだろうか。理解らない。
暫く、競合いの状態が続く。しかし、体勢からしてBグレイモンの方が不利だ。このままでは、ただの消耗戦となり、キメラモンに優勢な状況になってしまうかもしれない。私はデジヴァイスを握り締めながら、Bグレイモンに指示を出す。


「右腕だけに集中してください!そのまま内側に回り込めば投げ飛ばせます!」


Bグレイモンに指示は一瞬で理解してもらえたらしい。デジヴァイスが、多少のイメージを送りつけているようだ。いや、根拠も確証もあるわけではないが。
右脇に挟んだ腕意外は全て解放し、Bグレイモンは素早く回り込み、背中をキメラモンの胴体に押し付ける。そのまま力任せに、投げ飛ばした。ゴォン、とまるで何かが爆発したかのような大音量とともに、巨大なキメラモンの体が、地面に叩きつけられる。
法則としては柔道・一本背負いに類する。勿論、人間同士でやるものとは違うため、やり方はかなりおかしいものなのだが。とりあえず、成功しただけでも良しとしておこう。


「ふぐるぅぅ……しゅぶらぐぅぅぃぃぃ……!!!」


キメラモンが、異形の唸り声を上げながら立ち上がる。Bグレイモンは、その場から素早く跳躍し、離れた。どしん、という地響きが、私の立っている場所まで感じられる。そして、首を一回転させて目の前の敵を睨み付ける。


「くするぅいらぁぁあああ!!!!」


邪悪な気配を撒き散らすそれは、まさしく魔獣。
背中の翼を大きく羽撃いたかと思うと、その巨体がまるで嘘のように飛翔する。そして、空中で静止。
そのまま、猛禽のように――――急降下してきた。


「チィッ……!!」

「Bグレイモン!!」


凶悪な爪が、Bグレイモンに襲い掛かる――――!!





Re/call 〜Emerald〜
第拾弐話 『鋼龍/骨龍』





ガリガリッ、と音を立てながら地面が荒々しく抉れる。
舞い上がった塵が、視界を覆いつくした。数秒して、少しずつ状況が見え始める。それを見て、私の背筋に冷汗が走るのが理解った。身震いしてしまう。


飛翔したキメラモンから繰り出された急降下攻撃を、Bグレイモンはギリギリのところで避けていた。肩の皮膚に裂け目が入っていたが、見る限りではそんな大きいダメージでは無いらしい。これはこれで、一安心なのだが……


「……洒落にならないですね……」


そう。キメラモンの、攻撃。
地面に深々と抉った跡が残り、其処から発せられる摩擦熱は、周りの景色を明らかに歪めていた。キメラモンはまた上昇し、襲撃の機会を伺っているようだ。……くっ、あんなのを一撃でも喰らったら一留まりも……!
私は、仮定を立てることを止めた。よく分からない敵のことを深く考えている時間など無い。今は攻撃することだけに専念しなければならない。


「むぐるぅなあぁぁぁぁぅ!!!!」

「!」


キメラモンが再び、急降下を開始する。
一か八か、という選択肢になってしまうが。私は、Bグレイモンに指示を送り出した。必殺技で『迎撃』しろ、と。
Bグレイモンも同じことを考えていたらしく、急降下するキメラモンに向けて大きく顎を開いた。喉奥から、火の粉が溢れ出す。それを合図に、Bグレイモンの口内から爆炎が噴き出た。


「メガバーストォッ!!!」


灼熱の炎は重力の云々に関係なく、直線を描く光のように軌道上に存在する障害物――――キメラモンに、襲い掛かる。キメラモンに避ける時間を与えない程に、炎は恐ろしい速度で迫っていった。
キメラモンの身体を炎が覆い、大きな爆発が起こる。
黒煙が舞い上がる……しかしその中から、キメラモンが抜け出てきた。急降下せずに、そのまま地面にずしん、と音を立てて着地する。……火傷跡の一切も無いことから。キメラモンにダメージが全く無いのが見て取れた。真逆、あの技が通じないなんて……!
いつの間にか、私の首筋に冷汗が伝っていた。心臓が激しく脈打っているのがわかる。ここまで緊張したのは、恐らく今日と言う日が初めてかもしれない。
Bグレイモンを見やる。明らかに焦りの彩を浮かべていた。


「ヒィィト……バイパァァァ!!!!!」


悪寒が走る。Bグレイモンが、すぐさま自分の居た場所から全力で離れる。その直後、赤く光る熱線が、Bグレイモンの居た場所に突き刺さった。地面が、大きな音を立てて爆砕する。
キメラモンの攻撃だった。4つの掌全てに、光の球らしきものを収めている。小さな太陽のように眩しい、その光の球……真逆、今の熱線はあそこから放たれたのだろうか?推測からして、どうも、そのようなのだが。
まるでそれが正解、とでも言うかのように、光の球から熱線が迸った。それも1本だけではなく、4つの球、全てから。


「くそっ!」


Bグレイモンが、4方向から迫り来る熱線の軌道上から、身体を逸らす……と思ったところで、私の脳裏に何か嫌なイメージが浮いて出た。ほぼ同時に、絶望的な寒気が背筋に走る。これは……何か、ある!!
変化は、その直後。


「なっ――――」


思わず私は、言葉を失った。
熱線はまるで、大蛇の如く――――軌道を捻じ曲げたのだ。あれがBグレイモンの吐く炎ならまだしも、熱線が軌道を逸れて捻じ曲がるなんて……聞いたことすらない!
人間の常識が通用しない……つまり、これは人間が知ってはいけない領域なのであろうか。何もかもを幾何学に当て嵌めて考えていたら、あっさりと命を落としかねない……!


Bグレイモンに襲い掛かる、くねくねと曲がる4本の熱線。辛うじて3本は避けたが、1本が左肩に触れてしまった。大きく、爆裂する。Bグレイモンの左肩の肉が、大きく抉れた。哀れ、骨らしきモノが曝け出ている。


「がっ、あぁ……!!」

「Bグレイモン!」


叫んでいる間にも、再び熱線が放たれる。
器用にかわすものの……何時までもそうしていられるはずが無い。何か、何か策を考えなければ……。
如何すれば良いか……あれを捻じ曲がる赤外線レーザーの類、と喩えればまだ対策法はあるのだが。
地面は砂。試してみる価値は有りそうだ。


「Bグレイモン!地面を砕いて砂埃を!」


Bグレイモンは私の声を聴いて、熱線を避けながら地面を足の爪で思い切りガリガリと削った。すると、そこにまるで霧のように広がる砂埃。熱線がそれに触れた途端――――減衰した。しかし、減衰こそはしたがそれは消滅には至らない。結局、Bグレイモンはぎりぎりのところで避け、難を逃れる。


「拙い……このままだと……!」

「……接近して……近接戦闘に持ち込むしかなさそうですね……。出来ますか?」

「やらなきゃ……やられるだろうが!」


放たれ続ける熱線を掻い潜り、キメラモンの懐に接近するBグレイモン。キメラモンはその戦法に気付いたのか、突如として掌に収めた光の球を、握り潰すかのようにして消滅させた。
そして、其処からの動きが迅速で――――気付けば、Bグレイモンの身体はまるでビーチボールでも叩くかの様に、軽く宙を舞っているのであった。


待て……これはいくら何でもあんまりじゃないか。
落ち着け、落ち着け蘭咲美音。お前は終始、行動を見ていたんじゃないか。視界に焼き付けていたんじゃないか。思い出せ。何が起こった?そう、自分に言い聞かせながら……直前の記憶を組み立てる。


キメラモンの行動。先ず、獣脚類に似た脚で、地上を素早く蹴った。その巨体に合わず、異常なまでのスピード。それは本当に、肉食獣が獲物を狩るかのような……そんな、動き。次に、翼を羽撃かせて跳躍、Bグレイモンを跳び越してその背後に回りこんだ。これもまた、豹とかそこら辺の獣がするかのような動き(実際に見たことは無いが)。
そして、其処からだ。カブトムシの様な角の付いた兜を被った、その頭部を思い切り突き出し。Bグレイモンの背中に、角を突き刺した。血が噴き出るよりも速く、その角を思い切り振り上げ、4本の腕でまるでのようにBグレイモンの身体を殴り飛ばす。そして、Bグレイモンが舞い上がるよりも速く飛翔し――――今に、至る。


……っ!?


「ハイブリッド……アァァァアムズゥゥ!!!!!」


……重力に逆らい、舞い上がったBグレイモンの体が……重力に引かれ始める頃合を狙って。キメラモンは、その4本の腕を振り上げ――――思い切り、Bグレイモンの腹部に向けて振り下ろした。
激しい打撃音はともかくとして。衝撃の余波が、地上に突っ立っているだけの私の体中に、ビリビリと伝わる。

「がっ……!!ぐっ……あぁ!!」


Bグレイモンの身体を引き寄せる重力に加えられた、キメラモンの渾身の一撃。それは重力や空気抵抗、その他云々によって成り立った落下速度に、絶望的な数値を加算する結果となって。
一間置き、Bグレイモンの絶叫が聞こえる……そしてその巨体が地面に激突した瞬間、大規模な地震でも起きたかのように、地盤が激しく揺れた。私は思わず、尻餅をついてしまう。


……Bグレイモンは、動かない。
それもそうだろう。色々な個所の皮膚が裂け、腕は在らぬ方向に捻じ曲がり、兜には皹が入って角は砕け、最後にキメラモンの攻撃を受けた腹部は、皮膚も肉も、大きく裂けていて……その裂け目から、ぐちゃぐちゃになった臓腑やら骨やらを、外部に曝け出していた。血の海が、Bグレイモンを中心に広がる。
サァ、と血の気が引いていくのが理解った。私の今の顔は、きっと――――蒼ざめているのかもしれない。


キメラモンが、地上に降り立ってBグレイモンを見下ろす。どうやら、完全にトドメを刺すらしい。それを認知した私は、気が付くと――――両者の間に割って入っていた。両手を広げて、十数倍はあろう大きさのキメラモンと対峙(?)する。その行動が意外だったのか、キメラモンは僅かにたじろいだ。
我ながら、愚かしい行動をしているものだ。戦うことの出来ない私が赴いたところで、無惨に食いちぎられるか叩き潰されるか握り潰されるかがいいところだというのに。そして、Bグレイモンがあんなにボロボロなのに、怒りも悲しみ――――憎しみも感じない。かと言って何かを考えるわけでもなく、無意識のうちにこうやってBグレイモンを庇っている。


「み、おん……にげっ……ろぉ!」


Bグレイモンは呻く様な声で、私に呼びかけてきた。
彼の気持ちが分からない、ということは全く無い。でも、私にだって譲れないものがある。絶対に――――退いてたまるか。ここで退くならいっその事、殺されたほうがマシかも知れない。
そうだ。私が、あんな指令をしてしまったから…………Bグレイモンは返り討ちにあって、ここまで酷い怪我を負ってしまったのではないか。悪いのは、私だ。私が責任を取らなくてはいけない。


精一杯キメラモンを睨み付ける。Bグレイモンを、護りたい。どんなに非力だって構わない……私は、彼を助けたい。救いたい。だから、無理・無駄・無謀・無力を承知の上で彼の盾となる。
最初は戸惑いの彩を見せていたキメラモンだが。その躊躇いも最早消し飛ばしたらしく、その巨大な腕を振り上げている。狙いは私。多分、振り下ろされた時が私の最後だ。それが分かってても――――不思議と、恐怖も焦りも感じられない。彼を護れるならば…………それで良い。


そして、キメラモンが腕を振り下ろそうとした、その時だった。
手に握ったデジヴァイスが――――淡い光を放ったのは。


「…………ふざっ……けるな……!!」


キメラモンの動きが、完全に止まる。
これも、デジヴァイスの力なのだろうか。
そして、聞こえたのは……Bグレイモンの声だ。
私は、背後にいる無惨な姿の彼に、目を向ける。
怒りに満ちた瞳が、私を捉えていた。


「お前っ、が死……ぬ……だ、と?……認め、る……かよっ……!!」


…………立ち上がろうと。彼を庇う私を、さらに庇おうと身体を動かす彼。血が噴出しているにも関わらず、その動きは必死で……それは、私のためにしているわけであって……罪悪感の様なものが、私の感情を覆う。
デジヴァイスから放たれる光が、更に強まる。


「簡、単に……諦め、るなっ……!!俺、はっ……、……あ、いつをぉ……!!たお、して……見せるッ……!みお、ん……!俺に……力、を……!!」


私が……貴方に、力を……?
どうすればいいのか、分からない。でも……何となく、イメージは掴めている。私は――――彼のこと、彼の気持ち、彼の想いを強く感じながら、光を放ち続けるデジヴァイスを強く握る。


そうだ。彼は、私を護るために戦っていた……何故、それを忘れていたのであろうか。護ろうとしている相手が、自分のために死ぬ。これほどまでに不愉快なことは、無い。
ならば、戦うことの出来ない私は如何すればいいのか。如何するべきなのか。その答えは、今の私にはよく分からないけれど。少なくとも、此処で無駄な行為を経て死ぬ、ということではない。ただ黙って見ている、というのも御免だ。
彼のために、出切る事。指示を送り……彼に、力を与える。それが私に出来ることならば、私は全力でそれをこなそう。彼のために、尽くそう。私は、私にしか出来ないことを……こなそう。


彼の身体に、私はそっと手を触れる。生暖かい血で濡れた、命の熱さを持った身体。しかしそれも、徐々に奪われていく。このままでは、彼の命が危ない。いや、もう既に危険なのだ。
彼を助けたい。そう、強く願った。私のその想いに応えてくれるかのように、デジヴァイスの輝きは更に増す。それと同時に――――Bグレイモンの体が、輝きだした。もう、視界は光に覆われて何も見えやしない。私は、彼の身体に触れていた手をそっと引っ込めて、静かに眼を閉じた。




「Bグレイモン……進化ッ……!!!」




目の前の変化を、感じ取る。
進化。BアグモンがBグレイモンに進化するときのように、今回もまた。Bグレイモンが、更に強力な個体へと一瞬で姿を変える。私は――――彼の役に、立てたのだろうか。
やがて、光が治まるのを感じ取る。
私は、目をそっと開いて。変わり果てた彼の姿に、驚く。




「スカルグレイモン……!!!」



Bグレイモンの、進化した姿――――スカルグレイモン。
一言で言ってしまえば、白骨だけの竜型。いや……肋骨部分の中で、心臓のような臓器が1つだけ動いている。そして、翼のように広がった背部の骨格の中心に、何とも言えない魚のような姿の生き物が居座っていた。
見るからに、おぞましい姿をしているが。
しかし、だ。


「いぐなぃぃぃ……!!!にぃぐらぁぁふぅうぅ!!!」


キメラモンが、威嚇するかのように吼える。
スカルグレイモンの目が、キメラモンを真正面から捉えた。それだけで、キメラモンが一歩引き下がる。おぞましいその姿が、キメラモンを戦慄かせるには充分といっていいほどの視覚的影響を与えているのか。
そこで勝機を見出したのか、スカルグレイモンは大きく跳躍した。骨だけだからなのか、非常に素早い。気付けばスカルグレイモンはキメラモンの背後に回りこみ、思い切り力を込めた拳の一撃を、その背中に叩き込んでいた。キメラモンの体が、十数メートルに渡って吹き飛ぶ。


「離れていろ……すぐにケリを付ける」


スカルグレイモンが、私のことを見下ろしながらそう告げた。何処から声を出しているのかが少し気になったが、今はそんなことを悠長に考えている場合ではない。私は、すぐさまその場から離れた。


直後、体勢を立て直したキメラモンが熱線・ヒートバイパーをスカルグレイモンに向けて放つ。しかし、スカルグレイモンはBグレイモンの時とは比べ物にならないほどの素早い動きで幾度も避けた。攻撃を掻い潜りながら、次第にキメラモンに近付く。キメラモンも拙いと判断したのか、光の球を瞬時に消し去って、迅速に迎撃の態勢をとる。4本の腕を、一度に振るった。


「ちぃっ……!」


素早い動きで後退する、スカルグレイモン。キメラモンの腕が完全に伸びきったところで、突進した。キメラモンが、慌てて延びきった腕をガードに回そうとするが……僅かに、スカルグレイモンの攻撃速度が勝った。
満足な防禦も出来ないまま正面から突撃され、バランスを崩すキメラモン。――――勝機!スカルグレイモンが、手刀を作って思い切りキメラモンの腹部に突き刺した。
それだけに留まらない。すぐに貫通している腕を引っこ抜き、後方に跳躍。ガシャン、という骨がぶつかり合うような音を立て着地すると同時、前に屈んだかと思うと――――背中の生き物が、後部から黒い煙を発しながらキメラモンに飛んでいく。…………あれは……一応、弾頭なのであろうか?


「グラウンド・ゼロ!」

「〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」


キメラモンにぶつかり、爆発する生き物。
すぐに晴れた煙の中から、凄惨な状態のキメラモンが、姿を現す。被っていた兜は罅割れ、体中のあちこちが焼け焦げ、手刀の突き刺さった腹部からは夥しい量の血を噴出していた。
一唸りして……キメラモンが、唯一無事であった背後の翼を羽撃かせ、一気に飛翔する。スカルグレイモンが跳躍して襲い掛かろうとするものの、その腕はキメラモンには届かない。そのまま、落下し始める。
対空攻撃の手段は持ち合わせていないらしい。
私は、如何するべきか思考を巡らす。




……。
と、そこでまた――――スカルグレイモンに変化が起きた。
全身が、進化する時の程ではないものの、眩い光を放つ。
そして、光に包まれたスカルグレイモンが……徐々に、その姿を変えていった。私は、その現象にただ……見惚れているだけだ。胸が、熱い。やがて、光が収まった時。其処には、全く別の姿に変貌した元・スカルグレイモンが“翔んで”いた。


「スカルグレイモン、スライド進化……Bメタルグレイモン!」


Bメタルグレイモン。殆んどが白骨だけだった姿のスカルグレイモンとは打って変わり、Bメタルグレイモンはちゃんと体中に肉付けされており、一見するとBグレイモンに似ている部分が多い。違うところを挙げるとするなら……その頭部に被った鋼鉄の仮面、完全にロボットのソレに成り果てた左腕と胸部分、そして背後に生えた、薄ら青白い光を放っているボロボロの8枚の翼か。


キメラモンと同等の速度で飛翔するBメタルグレイモン。悔しげに、キメラモンがグゥゥ、と唸ったのが聞こえた。
戦況は明らかに、こちら側が優勢だ。それを認識した私は、先ほどとは違った……不思議な感覚に捕らわれていることに気付く。何だろう、これは。昂揚している、のか?何なのかよく理解らないが、しかしこれは決して悪いものではない……。


いや、余計なことを考えても仕方ない。韜晦しようのない熱いものを胸の奥に感じながら、私は上空を改めて見やる。Bメタルグレイモンの胸の装甲が、ガバリと開いた。その中に隠れていた、二つの丸い穴。その奥が――――不気味な光を発した。


「ギガデストロイヤァ!!!!」


Bメタルグレイモンの咆哮と共に、穴から先程のスカルグレイモンの時と同じような弾頭生物が発射される。二重螺旋の軌跡を描きながら、2つの弾頭はキメラモンに激突、スカルグレイモンの時ほどの威力ではないが、それでも大きく爆裂した。


「!!!!いあるがおああぉぉいぃい!!!!」

「……トドメだ」


爆炎の中から、地上へと引き寄せられていく、キメラモン。腕を全て失い、翼は半ばから灰となり……それでも尚、足掻こうとしている。何だかそれが悲しげに見えたけれど――――ここで、油断するわけには行かない。それはBメタルグレイモンも同じだったらしく、一瞬だけ躊躇いの表情を見せてから、機械化した左腕を振るう。先端に備わった3本爪が、紫電を帯びて淡く光り輝いた。そのまま飛行速度を上げ、落下していくキメラモンに肉迫する…………!!
私は――――いつの間にか、叫んでいた。


「…………往けぇ、Bメタルグレイモンッッ!!」

「トライデントォォォ、アァアムッッッ!!!」


――――、――――。


寸秒の空白。振り下ろされた鋼鉄の剣爪が描く、刹那の軌跡。一瞬、ほんの一瞬。それが何故か、とても長く感じた。透明な視界に、その光景がはっきりと映り込む。
Bメタルグレイモンが、爪を振り下ろした状態でキメラモンの隣を過ぎる。すると同時、キメラモンの体に、3本の線が入った。その線から血が噴出し、空中でキメラモンの体が袈裟向きで4枚に裂ける。そしてそのまま、破裂するかのように4つに解れた肉体全てが爆発した。


後にはもう、何も残らない。
それはつまり、私たちの――――


勝利を、意味していた。


「……これはな」


気付けば、Bメタルグレイモンは地面に着地し、私のことを見下ろしている。それも束の間、突如としてBメタルグレイモンの体が淡く光だし、その容を大きく縮ませていく。私が見上げていた巨体は、いつの間にか見下ろせるほどの小ささに縮んでいた。光が、まるで溶けるかのように消える。そこには、私のことを見上げるBアグモンの姿があった。


「お前からもらった、力なんだ」

「……はぁ」

「忘れるな。俺とお前が揃わないと、戦うことなんて出来ない。…………俺は、絶対にお前も守り通す。だから、お前も生き延びてくれ。絶対に死ぬな」

「……ごめん、なさい」


彼の言うこと。彼の望むこと。彼のするべきこと。
それを、私はまだ理解し切っていないんだと思う。それを分からないうちは、まだまだ真に強くなれるのは先のことになりそうだ。琉芽さんには無茶はするな、と言われたけど……出来る限り、駆け足で進んで行きたい、そう思う。


風が、吹いた。
開いてはいないだろうが、塞がり切ってもいないのであろう傷が痛む。私は、Bアグモンの手を取ってその場を後にした。帰ったら―――――少しだけ、休ませてもらおう。


――――ふんぐるい むぐるう
ふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん


脳裏に、そんな唄が響き渡った。
心のどこかで、この唄が懐かしいものだ、と告げている。
それが何故なのかは――――まだ、知る由も無かった。





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