――――――損傷率、58%
自己修復機能にエラーが発生、自己修復は不可能。
戦況:現時点における勝率は極矮小。離脱を推奨。



デジヴァイスの示しだす報告データを見つめながら、少女はデクスドルグレモンの背で、思考を巡らす。あれだけの攻撃に会いながら少女が全くを持って無傷なのは、周囲で無数に常時展開する血色に輝く八芒星の防禦陣―――――デクスドルグレモンのそれと全く同じモノがあらゆる衝撃を遮断したからである。

この戦況を打開する手段が無いわけではなく、現在考えられる限りでは二つの手段がある。しかし、それはどちらも“ぱぱ”から使用禁止と強く言われている。少女にとって、“ぱぱ”に怒られたりお仕置きをされたりすることは別に苦ではない。が、“嫌われる”ことだけは何としてでも避けたい――――そんな、幼い考えの生み出す迷いに対して、幼い思考回路を以って全力で立ち向かう。

発動すべきか、否か。
どの道、自分かデクスドルグレモンのどちらかが、或いは両方がやられてしまっては元も子もない。逃げようにも、相手側はどうも見逃してくれるようには思えない。
嫌われないことを信じて―――――使うしか、無い。


「デクスドルグレモン……ユウゴウしんかジュンビ……」


少女が、デジヴァイスを掲げる。
その行為を引き金にするかのようにデジヴァイスの画面から溢れ出した物。それは、決して光では無かった。



――――――混沌。



画面からまるで霧の如く吐き出される、底無しの様に昏い黯黒。その黯黒の中に、まるで溶け込むかのようにして異形たる生物の嘲笑うかのように歪められた貌が映り出るのは、錯覚とは言い切れないであろう。
見る見るうちに拡がり往く黯黒の霧は、少女の姿を包み込み、いまや息も絶え絶えなデクスドルグレモンの圧倒的巨体をも覆い尽くし始める。

デジヴァイスの画面から、強烈な漆黒の衝撃波が迸った。黯黒……否、“画面の奥”に閉じ込められた計り知れない“混沌”が、今からこの地上で展開される“処刑場”を前にして、憎善と恨善と嫉善の入り混じり、歓喜すらも含まれた殺意をエネルギーとして極々僅かに放ったのだ。それだけで―――――地面が罅割れ砕け雨水が瘴滅し空間が捻じ曲げられる。



『おいおい……パパがダメっていったのに勝手に使おうとするたぁー……困ったちゃんだな』

「……ぱぱ……?」



デジヴァイスから、冗談でも言うかの様な男の聲がノイズ雑じりに響き渡る。ヒアナ、と呼ばれた少女は、さも驚いた表情を浮かべながら未だに黯黒を吐き続けるデジヴァイスの見つめ、“ぱぱ”の声に耳を傾ける。



『そっちに“門”が開くから、戦線離脱しろ。……そーだな、去り際に使っとけ、“メタルメテオ”を』

「いいの……?」

『パパが使って良いって言ってるなら使って良いに決まってるだろーに……っはっはっは、さっさと戻って来いよ』



その言葉を最後に、声は途絶える。
少女は嬉しそうに微笑みながら、デジヴァイスを口元へ寄せた。まるで今から行うことを察知したかのように、黯黒の放出が自動的に止む。それを確認しながら、地面……否、デクスドルグレモンの黒い体毛を愛しそうに撫でる。そして、囁く様にして―――――新たな惨劇の言霊を、紡いだ。



「ンカイよりきたれ……メタルメテオ、ハツドウ」



黯黒の霧を纏うデクスドルグレモンの巨躯が、激風と共に灰色の空へと舞い上がる。その途端――-――雨雲に覆われていた空が、徐々に“歪み”始めた。





《崩壊》





「くぅぅぅ……っっ!!!」


衝撃波は、突然やって来た。
視界を昏く染め上げながら、横Gの様にして殴りかかってくる視えない力。空気がぶるぶると震えるような重低音を体中に浴びているかのような感覚。漆黒の波動――――――私にはそんな喩え方しか思い浮かばない。

その衝撃によって上手く動かせない身体は弾かれ、後方に叩き付けられる。激痛に上塗りされる更なる激痛に、思わず呻いてしまった。御巫さんとて、例外ではない。唯一幸運だったのは、尻餅を突く形で転んだというところか。……何故、此処まで私は冷静なままなのだろうか。


「大丈夫ですか、御巫さんっ」


今肝心なのは、御巫さんのことだけだ。私は激痛を無視して立ち上がり、今だ立ち上がれずに居る御巫さんのところまで足を無理矢理引き摺って移動する。


「大、丈夫……でも、今のは……!?」


御巫さんに手を差し伸べ、立ち上がらせながら戦場を再確認する。ギガデストロイヤーの爆撃によって灰煙が撒き散らされ、何も見えない状態だったのだが……今の衝撃のためか、ある程度は把握出来る様になっていた。そして、その中で――――――倒れているヴイーヴモンとニノさんを発見、する。


「っ……!!ニノ!!ヴイーヴモン!!!」


御巫さんの絶叫が、耳を劈く。
ヴイーヴモンに至っては、意識を喪失しているらしく……全く、動く気配が無い。一方、近い場所で膝を突いていたニノさんは、何度か咳き込みながらも忌々しげにデクスドルグレモンを睨み付けていた。私達も釣られて、その方向を見やる。



「!!」

「なっ―――――」



突風を巻き起こしながらの飛翔。デクスドルグレモンの、半身が大きく抉られている筈の巨躯が、黒い霧状のモノを纏いながら――――――軽々と、上空へと舞い上がる。その速度は、Bメタルグレイモンのそれと同等……音速の域に達している。正直、驚きを隠せない……真逆あんな速度で翔べるなんて!



「ギガ……デストロイヤー!!!」



上空、衝撃波の影響を受けなかったらしいBメタルグレイモンが、お魚の形に見えなくも無い形をした有機体弾頭を発射してデクスドルグレモンを撃ち墜とそうとする。が、それは見透かされていたらしく―――――衝突しそうなまでに迫った瞬間、デクスドルグレモンを護るようにして紅い結界が展開、爆発の威力を封じ切る。……結界の形は八芒星。私達の五芒星とは……何か、関係があるのだろうか。


デクスドルグレモンから、思わぬ反撃があった。爆炎の中から飛び出したかと思いきや、進路方向をBメタルグレイモンに変更し、肉迫する。反応に遅れたBメタル
レイモンの、鋼鉄の左腕を―――――その巨大な顎が、噛み砕いた。そのまま連続して頭部の鋸刀が脇腹を切裂き、尾の先端についた棘錐が右肩を貫通、前肢が翼を引き裂いた。



「くっ……ぐぁぁぁあああっ!!!」



予想外の反撃をもろに喰らい、そのまま力なく墜落するBメタルグレイモン…………って、何を呆けているのだ私は!このままじゃ拙い……!!

デジヴァイスを掲げると、果たして画面から蒼白い光が放たれた。連動し、Bメタルグレイモンの身体も光りだす。成熟期の時は打開策が思い浮かばなかったが、Bメタルグレイモンの……否、Bアグモンの完全体形態の性質を把握した今の私に、混乱は一切無い。なぜなら―――――!!



「Bメタルグレイモン……スライド進化、スカルグレイモン!!」



墜落しながら、鋼鉄を鎧う蒼の機竜は――――さらに悍ましい姿の骸骨の姿をした白い屍竜、スカルグレイモンへとスライド進化する。
高度から落下したモノは、重力加速度云々のエネルギーが加算されることにより、恐ろしい速度となって地上へと激突する。無論のこと、翔ぶ術を持ち合わせていないスカルグレイモンとて例外ではない。耐えられるかどうかは解からないが、防禦策を展開することにした。

スカルグレイモンの前方に、金色に輝く五芒星の印が浮かび上がる。その状態のまま、背部に搭載されたBメタルグレイモンのそれよりも二回り以上巨大な弾頭を、地上へと向けた。……スカルグレイモンと私の意思は、デジヴァイスによって常時リンクされた状態にある。タイミングを見計らい―――――放つ!


「グラウンド……ゼロォ!!」


弾頭の発射から来る反動により、速度が微量に緩和される。そのまま、地上へと激突した弾頭が爆発、ギガデストロイヤーを上回る衝撃波と爆風が、地上に迫りつつあるスカルグレイモンの落下速度を更に削ぎ落とす。それでも殺しきれない量を五芒星の結界で防ぎながら、スカルグレイモンは着地する。……色々なところで骨格に罅が入るのは気にしない。“大事”の前の小事だ、うんうん。



「美音ちゃん……あれ……!」



……予測はしていたが、どうもデクスドルグレモンは何かとんでもないことをやらかすらしい。戦慄く御巫さんに釣られて上空を見上げると――――その見上げた上空が、まるで何かの加工映像の様に、酷く歪み始めていた……クソッタレが。

見つめる中、歪む上空、まるで神か何かの様にして君臨するデクスドルグレモンを中心点として、無数の紅く輝く馬鹿でかい魔術陣が、幾重にも浮かび上がり拡がる。正三角形の形をした無数の魔法陣、それら一つ一つの中心に……漆黒の、光沢を帯びた巨大な鏃が創造される。何をするつもりだ……!?




――――――!



「スカルグレイモン!!」


突如として体中を貫く、吐き気を催す絶望的な悪寒。全身の細胞が危険信号を発している。それを感じ取った時、私は既にデジヴァイスに向かって叫んでいた。スカルグレイモンは果たして、私の意思を正確に受け取り―――――ニノさんと、気を失ったままのヴイーヴモンを問答無用で掴み上げ、そのまま全速力で私達のところまでやってくる。ビルの壁面を跳躍し、一気に私達の直ぐ後方へと着地した。


「きゃっ……!?」


御巫さんが、短く叫ぶ。
そのまま、私達も掴み―――――すぐさまそのビルからも逃れ、“戦場から離脱する”ために、スカルグレイモンは更に更に駆ける。予知能力を持つニノさんも、デクスドルグレモンの攻撃手段を察知したらしく、苦虫を噛み潰すかのように、ライオンのような顔を歪めていた。


空を侵す歪みが、だんだんとその速度を落としていき、遂には歪んだまま、停止する。……恐らく、“限界”まで歪んだのであろう。そして、身体を震わせた悪寒の根源……第6感が察知した、悪夢の光景が展開された。



「―――――――っ!!」



最初に訪れたのは、上空から発せられた衝撃波。空間が激震し、自分の体が粉々に砕け散るのではないかと言う程の揺さぶられるような感覚に見舞われる。……歪曲していた空間が、一気に元に戻った際に生じたエネルギーが、衝撃波となって地上を蹂躙したのだ。そして、魔術陣によって顕現化した無数の巨大な鏃が歪曲のエネルギーによって爆発的な力を以って弾かれ、地上へと一斉に降り注ぐ――――!!



「スカルグレイモン……!!」

「くぅっ!……ぉぉぉぁあああああ!!!!」




爆発、爆発、爆発、爆発、爆発……爆発爆発爆発爆発爆発爆発爆発爆発爆発爆発…………!!
無数の爆音が響き渡り、爆風と爆熱がスカルグレイモンの身体をあらゆる方向から通り抜けていく。恐らくは鏃の一つ一つがギガデストロイヤーやグラウンド・ゼロを遥かに上回る破壊力を秘めているのであろう。そんなものが地上に数百単位で爆裂しているのだ……!


「っ!ぐぅぅ!?!?」


突如として、スカルグレイモンがバランスを崩した。そのまま、全身に更に皹を入れながら派手に転ぶ。幸い、掴まれていた私達は激しく揺さぶられただけで何とも無かったが……何事かと思ってスカルグレイモンの足元を覗くと、着地時に罅割れていた足の骨が爆発に巻き込まれ、膝から先が砕け散っていた…………って、冗談じゃない……!こんなところで止まってしまったら―――――!!!



「……!美音ちゃん……!!」

「〜〜〜〜〜〜っ!!??!?」



言っている傍から、数発の鏃が周りに降り注ぎ、爆発する。反応するだけの暇が、一切無かった。視界が、白く染まる。手放してはいけない筈の意識が、次第に薄れて行くのが手に執る様に理解る。完全に意識を失う前に、私は御巫さんの姿を確認しようとして――――――しかし、映りこんだのは。

何時の間にか、本当に何時の間にか空中にぽっかりと浮かんだ黒い大きな“穴”の中に、満身創痍のデクスドルグレモンが入っていく光景……ああ、そうか。



逃げられた、のか―――――――――――





《???》





『そんな……この子を“アレ”に利用させるだと!?』

『あたしには、何も出来ないよ……全部、あの人が下したことだからさ……3ヶ月後にやる、ってさ』



―――――?



『俺は認めない。この子は確実に感情を、ココロを持っているんだぞ……それを、あんなもので……!


『……それは、貴方の我侭に過ぎませんぞ。最後に決め付けるのは、あのお方……私らは、それに従うだけで御座いましょうに。幾ら貴方が愛でていようと……その娘は所詮、計画のための単なる部品に過ぎませぬ』

『……辛いのは、あたしだって一緒……でも、しょうがないよ。ほら、成功すればまだ生きていけるわけだし!』



――――――何だろう、これは。



『……くっ!パラダイス・ジュエルッッ!!』

『止まらない……!?ええいっ!』

『!? 駄目、待って!!そんなことしたら君も……!』

『五月蠅い!この子に……こんな優しい心をもった子に……こんな終わり方があって、たまるか……ッ!!!』



――――――何だか、酷く……。



『……大丈夫、だから……泣かないでくれ。俺が……俺が、ずっと傍でお前を護るから……』



――――――酷く、懐かしい……。


知らない光景。知らない声。知らない貴方。
知らないのに。知る由が無いのに。知らない、筈なのに……。どうして、貴方の手はそんなに暖かいの?
記憶の奥底、天井の無い無限の壁の向こう側。其処から伝わってくる―――――失った筈の想い出。このことはあまり考えたくなかったのに、なんでだろうか……今はそんなに悪い気もしない。

光の中で、私に手を差し伸べる貴方。
その橙色の手はすごく傷だらけで、ざらざらしてそうで、ごつごつしてそうで……そもそも人間の手じゃなかった。
それでもその手は暖かくて、力強いものであることを……何故か私は知っている。いや、何故か、じゃないのだ。体が、心が、覚えているのだ。決して錆びず、朽ち果てることの無いそれは―――――魂に灼き付けられた、大切な想い出。


私は、もう一度その手を掴もうとして、
思いっきり自分の手を伸ばし――――――





《戦跡》





「美音……美音っ!」


―――――え?


「……B、アグモン……?」

「ああ、良かった……気付いたか」


手に、暖かいモノが触れていた。背中に軽い痛みを感じながら上半身を起こすと、其処には私の手を握って不安げな顔を浮べたBアグモンの姿があった。



――――――――。



何だろう、今一瞬だけ……何かが脳裏を過ぎった、そんな感覚がした。……何か、夢でも見てて、その中で見た光景、のような……そんな酷く曖昧で、輪郭のぼやけた―――――映像。それが何なのか、全く思い出せないのだが。

結構な時間を寝ていたらしい。雨は既に止み、空は夕刻にせまりつつあった。傷だらけのBアグモンをぎゅっ、と抱きしめながら、私は辺りの様子を観察する。とてもではないが、思わず眸を背けたくなるようなものであった。……何となく、理解っている。私が今ここで倒れていたのは……デクスドルグレモンの必殺技に巻き込まれ、そのまま意識を失ったから。とりあえずは、助かったらしい。酷い有様ではあるが。

肝心の、辺りの眸を背けたくなるような光景。地上を数十、数百のクレーターが大きく抉り取り、あたり一面を焼野状態にしていた。超広範囲にわたって放たれた必殺技は、廃墟郡に近接する街の一部にまで被害を及ぼしたらしく、すごい遠くの方からサイレンの音が聞こえる。深呼吸しようとすると、何だか息がつまったような感覚がして、思わず激しく咳き込んでしまった。



「だっ、大丈夫か?」

「……ええ。ありがとう、Bアグモン」



Bアグモンににっこりと無理矢理微笑みながら、私は更に周囲を見回し続け―――――丁度背後に、御巫さんを抱えたニノさんを見つけた。黙って此方を見下ろすニノさんに対して、私は痛い足首に激を入れ、なるべく痛みを感じない様にゆっくりと立ち上がり、そっと近付く。
ニノさんが、静かに口を開いた。



「礼をいう、美音。それに……Bアグモン。お前たちが居なかったら、今頃俺達は……」

「…………御巫さんは……」

「心配しなくていい。気を失ってるだけだ……」



ニノさんに抱えられている御巫さんは、全身煤だらけで……ぐったりとした表情で、眸を閉じていた。か細い呼吸がちょっとだけ気になったが、顔色は悪くないから……大丈夫な、ハズ。そんな御巫さんの胸の上には、Bアグモンと同じように全身傷だらけの、小さな竜のような姿のデジモンが眠っていた。恐らく……ヴイーヴモンの退化した姿だ。



「……本当に、助かった……ありがとう」

「―――――っ」



ひゅんっ。
御巫さんとヴイーヴモンを抱えたニノさんは、人間とは到底思えないほどの跳躍力で地を蹴り、そのまま瓦礫の海を飛び越してあっという間に遠くへ行ってしまった。声を掛ける暇なんてありゃしない。最後の、控えめなお礼の言葉が……何故か、胸の中で何度も何度も響き渡る。



「さて、と……」



橙に輝く夕日に照らされながら焼野となった佇む、残された私とBアグモン。互い、本当に傷だらけだ。何だか面白いぐらい、傷だらけだ。しかし不思議と、激痛の中にあって私の心は恐ろしく落ち着いていた。不思議そうに首を傾げるBアグモンの頭を撫でながら、デジヴァイスの画面を見つめる。

反応する光源は、2つ。デジモンではない。この酷い戦場を見に来るのであろう、璃麻さんのものと、琉芽さんのものだった。……ったく、来るのが遅過ぎる。特に璃麻さん、貴女に関してはちゃんと仕事をサボらずにやっているのかどうか問い詰めたいわけだが。小一時間ぐらい。顔を強烈なライトで照らしつつ。……だなんて、くだらない戯事を心の中で吐きながら、私は改めて自分の姿を確認して、その酷さに思わず笑いすら込み上げてきた。制服もブラウスもスカートも、何だかもうただの襤褸切れにしか見えない。体中も傷だらけ。……本当に、よくこんなボロボロになってでも生き残ることが出来たな……。



「帰ったら……今日は、御馳走にしましょうね」

「……悪くないな」



こんな日ぐらい、贅沢をしたって問題は無い。
私達は、大きくて尚且つ表面が平らな瓦礫を見つけ、そこにぐだりと座り込んだ。どの道、今の姿では街中を歩けないのだ。璃麻さん達が来るまで、此処でのんびりと待っていてもいいかもしれない。ぼんやりと、空を見つめる。

見つめると同時に思い浮かぶのは、意識を手放す最後に見た……デクスドルグレモンが逃げ去った時に顕れた、あの黒い穴だ。何故かあの光景が、妙に胸に引っかかって気持ち悪い。無い筈の記憶が強制的に引き上げられる……そんな、考えれば考えるほど、よく理解らなくなってくる感覚。

連鎖して、あの森での出来こと。私達を護る金色の五芒星の印のこと。敵側の使っていた、紅い八芒星の印のこと。そして―――――御巫さんのこと。それらがまるで、走馬灯でも見ているかのようにして、脳裏を過ぎる。解からないことだらけだ。まだまだ、全てを知るには……少しだけ、時間がかかるのかもしれない。もしかしたら、知らないまま終わってしまうのかもしれない。



だけれども、焦る必要なんて無い。
だからこそ、今は少しだけ……休んでおこう。



眼を閉じてそっと耳を澄ませば、心地好いそよ風の吹き抜く音に紛れて―――――私が目を覚ますまでの間、ずっと隣で見守り続けて疲れたのであろうBアグモンの、安らかな寝息が聞こえ始めていた。



「……お疲れ様、Bアグモン」



力強くて暖かい彼の手をそっと握りながら。
気付けば、私はそんなことを呟いていた。






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